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2010年8月31日火曜日

カナダから帰りました

やっぱりカナダは遠い。

帰りはアパラチアの山越えを避けるルートで、ピッツバーグとリッチモンドを経由するルートだったのですが、ペンシルバニアはアパラチアの麓だから全くの平野ではなく丘陵地帯。ま、これは別に良かったのですが。

トロント郊外のニューマーケットと言う町を出発したのが朝7時。早めの出たものの、やはりトロントへの通勤ラッシュにしばし巻き込まれ、バッファローへ抜ける国境(Peace Bridge)には2時間半後に到着。平均的な所要時間かもしれませんけど。

その後は順調だったものの、4時半ごろからワシントンDCの近くに差し掛かり、帰宅ラッシュに巻き込まれ、ようやく渋滞を抜けるまで2時間。これは疲れた・・・。

当初の予定では8時半には帰宅できるはずが、結局は9時半の到着と相成りました。しばらく遠距離運転はしたくない気分です。

あと60マイルほどで家という85号線という高速道路(Interstate)を走っておりました。とっぷり日も落ちて真っ暗。車も少ない。私は左手の追い越し車線におり、右斜め前の車を抜かそうとしておりました。すると突然、その車がブレーキを踏む。

警察かと思って私もブレーキを踏みながら目を凝らすと、前方に雌鹿。その車の前を横切って私の車線へ。運よく、そのまま渡り切ってくれましたから良かったけど、道の真ん中で止まったりしてたら・・・とぞっとしました。鹿が渡り切ったときには、私の車との距離はもう5メートルくらいしかなかったですから。

だけどあの鹿、渡りきった先は中央分離帯。どうなっちゃったでしょう・・・。

と言うことで、カナダで何してきたか書きますと、カナダに着いた翌日、キニコのアパートへ荷物を搬入に行きました。ところがまだ大家さんが掃除中。しばらく待っていてということで、近所の餃子屋さんへ出かけ腹ごしらえ。ワンブロックで中華街のあるSpadinaです。

キニコのアパート・・・と言うか、3階建ての一軒家のそれぞれのフロアが貸し出されて居るのですが・・ここはトロント大学が目と鼻の先。しかもキニコの授業がある学舎が最も近いので、大変便利。大家さんは中国人のご夫婦。2日前まではこの家の一階に住んでいたそうですが、奥さんの方は毎朝5時に起きてScarboroughに住む息子さん夫婦の家に孫の世話に通い、帰宅は11時を回る生活をしていたそうで、それが辛くなってきたのでScarboroughに家を買ったそう。と言うことで今年からは1階も貸し出し。

アパートの前から見た大学の学舎    
テラスがある3階がキニコたちのユニット
背後にトロント名物CNタワーが見える       
         
キニコとルームメイトのリア(中国系カナダ人)の住居は3階。テラスが付いていてなかなか良さそう。契約は9月1日からなので、キニコは特別に先入れてもらうのですが、まだ前の住人の一人が住んでいて・・・、正直言ってこんなに汚く暮らしているの??と驚くほど、台所も冷蔵庫もトイレも部屋も汚かったです。(大家さんの奥さんも眉をひそめながらも、「彼女たちは医学生で実験とか一杯あって忙しかったから、仕方ないのよ。大丈夫、私がきれいに掃除するから」と言っていましたが・・・そう言う問題か?? キニコとリアには、くれぐれも清潔に生活しなさいと言い渡しておきましたが・・・。)

リアはキニコより1学年下。でも、話した限りキニコよりずぅーーっとしっかりしている。大家さんにもあれこれ確認していたし。

キニコの部屋に荷物を運び込んだ後、私は一路、友人の住むトロント郊外へ。トロントから1時間弱のところ。のどかと言えばのどかですが・・・オハイオを彷彿とさせる田舎でありました・・・。

友人Mちゃんには3歳の娘がいます。去年の5月にキニコのオリエンテーションでトロントに来た時に一緒に食事をしたのですが、その時はまだ「赤ちゃん」で、人見知りもするし、顔を見た程度で終わっちゃったのですが、今回は最初は人見知りしていたものの、しばらくするとなついてくれ、ちゃんと私の話し相手にもなって、めっちゃくちゃ可愛かったです。

私が「お父さんとお母さんとどっちが優しい?」と聞いたら、
「ジョダコちゃんが一番優しい」だって。
子供はなんて正直なんだ!

嘘です。間違ったことを覚えちゃいけないから、ちゃんと、「ジョダコちゃんは、本当はめっちゃくちゃ怖いんだよ」って正しておきました。

そうそう、はーちゃんには、おばちゃんと呼ばれないように、「ジョダコちゃん」と最初に釘をさしておきました。すると「あの・・・おばちゃ・・・あの・・・ジョダコちゃん・・・」と最初は言ってたけれど、そのうちすんなりジョダコちゃんと呼んでくれておりましたわ。ほほほ。

「おばちゃん」と呼ばれたくなくなったら、本物の「おばちゃん」になった証拠でしょうね~。そのうち「おばあちゃん」と絶対に呼ばれたくないと思うんでしょうね。それがシニアになった証拠なんでしょう・・・。

はーちゃんに対する私の心境は、正直言って「孫」に接する気持ちに近かったかも。
あな悲しや・・・。

Mちゃんも旦那さんのSさんも、忙しい中、歓待してくれて感謝感激。 Mちゃんはお料理上手で、美味しいご馳走を一杯作ってくれて、私は引越で2キロも体重が落ちて喜んでたのに、K家に滞在したわずか2日間ですっかり元に戻ってしまった・・・。どうしてくれる。

帰る日はお弁当まで用意して持たせてくれて、涙がちょちょぎれるほど嬉しかったです。

そうそう、今回カナダで気付いたカナダの違い。

まず、カナダでは(オンタリオ州では?)、生ゴミは他の生活ゴミと分別しなければなりません。キニコのアパートでも大家さんの奥さんが小さなバケツを台所のシンクの下から出してきて、「生ゴミは分別してここへ入れて、下の生ごみ用のゴミ箱へ入れてね」と言ってました。Mちゃんの家でも生ゴミは別。紙類は分解するから生ゴミと一緒でもOK。だけど週に1回しか収集に来ないそうだから・・・早くからゴミ箱に入れると臭いそうだよな~。私だったら生ゴミも収集日まで冷蔵庫に保存するかも・・・。

その次は、ビニール袋に入った牛乳が売っている! 
勿論紙パックに入った牛乳(1L,2L入り)も売っているのですが、それは割高で、Mちゃんの家ではビニール袋入り(4Lが3つの袋に分けてある)を買っていました。勿論中身を全部別容器に空けても良いのですが、ビニール袋の先をちょんと切ってそのまま容器にスポンと入れて使用するのがカナダ流。

おお! こんなのをYoutubeで見つけました。ミルクバッグの説明どす(英語どすが)。
http://www.youtube.com/watch?v=VTPgd4HUk4w

話はそれますが、上のミルクバッグを説明しているYoutubeのビデオを作った人が、メープルシロップで飴を作る作り方を説明しているクリップもありました。面白そうだから、カナダにお住まいの方、是非お試しあれ!
http://www.youtube.com/watch?v=CVycchqwlac&feature=channel

2010年7月27日火曜日

今週末はカナダに行って来ます

キニコのアパートが決まった所で、今週末は土日でトロントに行ってきます。

アパートは家具なしなので、引っ越しに伴っていろいろと出る我が家の不要品が欲しいらしいです。ただし、アパートに入居できるのは8末か9月の頭。それまでは、新たなルームメイトとなるリアの実家に荷物を預けさせてもらう予定。

当初キニコは、9月初めの始業に合わせて、荷物とともに私に車でカナダまで送ってもらおうと思っていた模様。

まさか!NCからCTまでが9時間、CTからトロントまでが国境をスムーズに越えられたとして8時間半。合わせて17時間半。やってらんねー。

「NYCで帰りに友達に会えばいいじゃない」と言うキニコの言葉に一瞬ぐらっと心は揺らぎましたが・・・やっぱ遠すぎるよ。

と言うことで、ここにいる間に荷物を運んでしまうことになりました。

(・・・今、グーグルマップで調べたら、NCから真っ直ぐトロントまで行くと13時間。
・・・キニコが大学に戻る飛行機代も浮くし・・・車で送って行こうかしら・・・。また、ゆっくり考えます。)

それにしても、不思議。
リアの家はトロント市内で、グーグルマップの運転道順で調べると、車でたったの30分の距離。たとえそれが電車で倍の時間かかったとしても1時間。日本じゃ通学に1時間なんて普通の話。遠い人だと2時間以上かけてたりしますよね。

なのに、お金をかけてアパートを借りるんだ。

確かに私立大学などの場合は、4年間寮で過ごすと言うケースが大半だし、思い返せば、私のアメリカの妹スーザーンも同じ町に住みながら、学校近くのアパートを借りて住んでいたな。

大学生活とは、親元を離れて暮らすって言うのが一般的なんでしょうね。

ま、と言うことで、週末にはこの家のブラウン管のテレビ、キニコの机、その他諸々をオデッセィに乗せて行って来ます。(それか、やっぱりNCに引越してから、車で行こうかな・・・)

2010年7月26日月曜日

男と棲む!?

先週半ばに出稼ぎから戻ったのですが、いろいろと忙しくしておりました。

帰って間もなく、キニコが、
「アパート見つかったんだけど、男の子3人と一緒に住むことにしたけど、いい?」

キニコは今年は寮を出て、アパート暮らしを始めると随分前から宣言していました。通常は寮で暮らすよりもアパートの方が安いので、「食費も全て込みで今の寮費を上回らなければOK」と伝えてありました。

料理上手という日本人のユキちゃんという子と、韓国人の女の子と3人で住む事にし、トロントに残っているユキちゃんがアパートを探してくれる手はずになっておりました。6月にはキニコも1週間ほどトロントに行き、一緒に物件を回り、あるアパートにほぼ決まっていたはず。

それがどうなったのか詳しい事情はわからないのですが、再度大家さんと掛け合うことになっていたのに、何かで忙しかったのか、はたまた別の理由か、ユキちゃんが行かなかったので、そのアパートは別の人に決まってしまったようです。

以降はキニコがあちこちネットで見つけては、ユキちゃんに見に行ってとお願いするも、彼女もサマースクールに行っていたり、はたまたボーイフレンドとのデートに忙しいらしくフットワークが重い。そんな中で韓国人の女の子は、「やっぱりアパートは辞めて、今年も寮に住む」と、さっさと寮のデポジットを払ってしまったとか。

このままユキちゃんを宛てにしていたのでは住む所がなくなると焦ったキニコは、他の友達にも声を掛け始めました。(ユキちゃんは夏の間は一人でアパートを借りていて、そのままそこに残ってもいいなぁという乗りだった模様。)

そうして見つけたのが先の男の子3人組が見つけてた物件。3人とも去年同じ寮にいた子達だそうで、中の一人とはクラスも同じで仲良しだと言う。「頭も良くて、宿題とか教えてもらってた。すごく良い子だよ」と言うのがキニコの弁。

こちらでは、確かに男女が一緒にルームメートになることはしばしばあるし、大学の寮も、男女で棟や階が別れている場合もあれば、キニコが過去2年住んだ寮はどちらも、まさに男女混合。

「だけど、寮と違ってトイレだって一緒だよ。男の子が掃除するか?」
「平気だよ。それに、彼らの寮の部屋は、私のよりずっと綺麗だったもん。」

あまり深く考えずに、
「キニコがいいんなら、じゃあ、そこにすれば」と簡単に承諾してしまいました。

ところが、夜ベッドに入ってから、男3人と女1人でひとつの屋根の下に住む・・・。
うーん。これはやっぱりまずいんじゃないの。
距離が近ければ、情も移るというもの。
別にボーイフレンドを作っちゃいけないとか、深い中になっちゃいけないなんて野暮なこと言わないけれど、近くにそんな存在がいれば、四六時中いちゃいちゃできるし、そうなると勉強なんて手がつかないんじゃないか?
この歳の男なんてセックスのことしか考えてないし、ならばお手近で済まそうかってことにもなりかねない。
良い恋愛ならいいけれど、つまらないことで傷つくのも可哀相。

そんなことを考えたら、やっぱし簡単にOKし過ぎたと、途端に心配に。
早速コイオにメールで状況を説明すると、
「そりゃ、ダメでしょ。幾らその子たちが良い子でも、どんなやつが出入りするかわからないし」

と言うことで翌朝意見を翻して、やっぱり他を当たりなさいと言うと、
「今更、そんなの遅いよ。もう住む所見つからないよ。いろいろ当たってやっと見つけたんだから。あの子達だって、一旦OKしたのに、怒るよー」とかなり、泣いて怒っていましたが、コイオに電話で説得してもらい、とにかく他のオプションを当たらせることに。

ところが、その日の午後。
「ママー、リアって知ってるでしょ?」
「うん」(←娘の話はいつも半分も聞いてないから、実は全然覚えてない・・・リアって誰だ?)
「リアもまだアパート決まってないんだって。だから一緒に探す事にした。男の子たちにはもう断ったよ」

そして更に数時間後。
「見つかったよ! 学校の直ぐ側のアパート」
「・・・」

あれだけ、もう見つからないよ!とか大騒ぎしてたくせに、あっけない幕切れでした。
でも、ま、落着して良かった、良かった。
(この歳でおばあちゃんになんてなりたくないし、ましてや孫の世話を押し付けられるなんて真っ平ごめんだもの。)

2010年6月29日火曜日

シナコの卒業式

・・・疲れました~。

夕方6時からの卒業式。駐車場が一杯になるから急いで出るつもりが、出掛けにアルバイトからキニコが戻ってきたので、キニコが着替えるのを待って一緒に出発。学校まで来たら5時45分。

既に学校の駐車場は満杯で、封鎖されている。仕方なく代替駐車場となっている、かなり先の中学校まで車を走らせる。降りて歩いて20分余り。ようやくグリニッチハイスクールに到着。6時15分。汗びっしょり。

フットボール場での卒業式は既に始まっておりました。シナコのハウスは、ホーム側の座席。つまり入り口から遠いほう。(マンモス校なので、便宜上1学年が5つのハウスと言うグループに分かれています。)

今日は気温も高かったし、卒業式らしくおめかししてヒールを履いたのは大失敗。コイオはスーツ。しかし、私たちのようにおめかししている人は半分くらいで、残りはかなりカジュアル。私も車を停めた中学から歩きながら、「半パンとTシャツで来るべきだった」と反省。

着いた時にはスタンドの座席も一杯で、仕方なくフェンスにもたれて眺めておりました。

シナコの高校は卒業生だけでも700人。卒業証書の授与はハウスごと別々の5つのプラットフォームで行なわれました。5つのハウスの順で、次々と名前を読み上げます。5人いるから、丁度ころあい良く、順番が回ってくるという仕組み。(解説しますと、1から5までの5つのグループなので、1のグループの卒業生の名前が呼ばれ、続いて2のグループの卒業生の名前が呼ばれます。そうやって、最後に5のグループのの卒業生の名前が呼ばれう頃には、最初の1の卒業生は証書をもらって記念撮影も終えている頃なので、次の1のグループの卒業生の名前を呼ぶには丁度良いタイミングと言う意味です。)

校長先生が、「今年の卒業生は実に38カ国から集まり、家庭で話されている言語は23にものぼる」とおっしゃっていましたが、かなり国際的だったのですね。全然知らなかった。

1時間半ほどのセレモニー。それにしても、暑くてしんどかった~。


PS. 明日、コイオが日本に帰りますが、空港へ送って、私はその足でNCに行って来ます。7月3日まで滞在予定。

2010年4月29日木曜日

娘と言う名のドブ

我が家にはもう一人馬鹿娘の存在がありました。

2週間余り前、珍しく電話が掛かってきました。
お金の無心でもありません。
何かを送れという話でもありません。

「…あのさぁ、今、微積分と化学の学年末テストが終わったんだけど…落ちたかもしれない…」
「落ちた? は? 出きなかったってこと?」
「そう…難しくて…」と、この辺りから涙声。
「真面目に勉強しなかったからでしょーが!」
「…したもん、ちゃんとやってたもん…数学は途中から気持ちが悪くなったし…」
「勉強してたらできるでしょーが。ちゃんと授業聞いてないからだよ」
「聞いてたもん、難しいんだもん…」
「今更泣いても、遅いでしょうか。難しかったら、先生に聞きに行きなさいよ。で、出来なかったらどうなるの…」
「…わからないけど、夏に授業受けて・・・」
「サマーコースってこと? んなの無理。お金ない。だいたいどこに住むんだよ」
「だから、そっちに帰って近くの大学の授業取るとか…そんなことができるか聞いてみる、あと夏休みに追試受けられるかも聞いてみる…」

ん、もう。どいつもこいつも!
この2教科は中間テストがなく、学年末にテストが1度あるだけ。評価は授業60%、テスト40%。
コイオがまだ居た頃で、その夜、帰宅した折に話すと、
「えっ!? あともう1年学費が要るんか??」

勿論、わたしの心配だってそのことだけ。専攻を変えなくちゃいけないのか、それとも希望の専攻へ進む場合は留年になるのか…。

その後しつこくキニコにメールや電話(常に留守電)を入れてメッセージを残すも音沙汰なし。
ようやく、先週連絡が来た。
「ああ、お金のことね。それは心配いらない。落第にはならないから。専攻も変えなくて良い。落ちたら再履修するだけだから、安心して」

はよ、それを言え!。 心配してるのはアンタの将来のことでも何でもなく、ただひたすらお金のことなのですよ。

で、昨日マンハッタンで友人たちと久々にランチを楽しんでいると、キニコからの電話。

「数学と化学、パスしたよ」
「え、ほんと?」
「Dだった」
「そうか…でも、Dなんかで大丈夫なん?」
「うん、大丈夫。去年、友達は50点で大丈夫だったから」
「で、何点だったの?」
「数学は54点」
「化学は?」
「化学は57点」
「そうか、合格したか。そら、とりあえずは良かった…」

Dで喜んでいる自分が情けない。
あな、悲しや。

ほんまに、うちはお金を「娘」と言うドブに捨ててるのやなぁ。
将来ドブをさらえたら、くず鉄や廃品回収に持っていけるくらいのものは出てくるのやろか。

2009年12月21日月曜日

America's 100 Best High Schools

今年もUS News & World Reportがアメリカの公立高校のランキングを発表した。
それを見て気付いたこと。トップにランキングしている高校のほとんどがチャータースクールやマグネットスクールになってしまったこと。

2006年にアメリカに引越すに当たって、2人もPrep schoolには行かせられないし(シナコも興味なし)出来るだけ学力レベルの高い高校のある学区に住居を構えようと色々調査した。その時に参考にしたのがUS Newsのランキングだった(当時はNewsweekだったかも)。

幸いNY近郊にはトップ100にランキングされている公立高校がたくさんあった。その中でコイオの通勤の便も考え、真っ先に候補に挙げたのがScarsdaleのEdgemont高校とScarsdale高校。Rye高校も考えたが、スクールバスがなく親の送り迎えだったので却下。Edgemontは越境も認めていたが、その場合は年間に1万ドルの費用負担と言われた。

残念ながらScarsdaleの学区内では手ごろな物件が見つからず、範囲を広げて、遂にはTop 100のランキング外のGreenwichに落ち着いたのだった。

その時じっくりリストを見ていたので、どういう高校が名前を連ねていたかよく覚えている。Topは企業と公費の両方で運営されているVirginia州のThomas Jefferson Science & Techonology。これは今年も変わらない。サウジの小学校でキニコと机を並べていたライヤーンは飛び級してこの高校に入り、キニコより1年早く高校を卒業してハーバードへ。その後スタンフォードへ編入。そう言う超優秀な選りすぐりの生徒が通う高校だ。

当時はトップ100に「普通の公立高校」がまだまだたくさん入っていた。それが徐々に少なくなって、今年はとうとうTop100に入っているのは28校。トップ50だとわずかに5校だ。2006年当時にNY近郊ではトップだったJericho高校もジリジリ下がって今年は48位。

参考までに、今年、1年前、2年前、3年前、4年前、6年前の順でデータを見ると、
Jericho, NY 48位、20位、35位、27位、14位、5位
Edgemont, NY 162位、92位、43位、56位、26位、16位
Scarsdale, NY 748位、283位、247位、174位、208位、77位
Rye, NY 64位、87位、86位、42位、688位、45位

これはどうしたものか?? ランキングの計算方法が変わったわけじゃないと思う。

代わりに、リストはチャータースクールとマグネットスクールのオンパレード。その数は年々増えている。

チャータースクールと言うのは公立学校のレベルがどんどん低下したためにその対策として考案された「公費」により運営される私設学校。つまり運営費は税金で学校に通う側に学費負担はないが、市などの学区ではなく別の独立した組織により運営される。学校側の責任は、規定の「憲章」(チャーター)を守ること。憲章にはたいてい学力レベルが規定されている。責任が果たせない場合は運営権が剥奪される。家庭側はチャータースクールに入れるか、公立校に入れるか通常選択することができるが、たいていの場合、チャータースクールの方がウェイティングリストがあるほど人気が高い。

マグネットスクールと言うのは特殊コースを設けた公立校で、通常の学区を越えて広範囲から「磁石のように引き寄せられて」学生が集まる学校。数学強化コースや科学強化コースがあったり、はたまた芸術を中心とする高校があったりする。たいていは入学に際しては審査があるので、誰でも入れるわけではない。

学業熱心な子供、あるいは熱心な親の子供たちがこうした学校に入るために、自ずとレベルが上がってくるということは想像できるけれど、それにしても普通の公立とは差が広がるばかりのよう。

ちなみにシナコの通うGreenwich高校のランキングは、上記の順序で、
917位、694位、600位、748位、628位、521位となっています。
(でも1000位以内だからデータが出るだけまだましか・・・)

2009年11月12日木曜日

Lockdown Drillの結末

今日は木曜日。

シナコは昨夜から、頭とのどが痛いから今日は休むと予告していた。
朝、一応起こしに行くと、既に起きて宿題をしていた。
でも「やっぱり休んでいい?」と聞くので、インフルエンザも風邪も流行っているから、「いいけど」と答えると、「でも7時間目だけは行きたいんだけど・・・」

要は体調じゃなくて、宿題が終わってなくて行きたくないようだった。休んで7時間目までに仕上げようという魂胆。
(アメリカでは、休んだからテストや宿題が免れるわけじゃなく、休んでやらなければゼロ点になってしまう。正当な理由があれば追試や遅れて提出ができる。)

ってことで、Lockdownは、どんな訓練だったのかわからず。

2009年11月10日火曜日

Lockdown Drill

シナコの学校の校長からお手紙が来た。
今度の新しい校長(実は暫定の校長)からは、しょっちゅうメールでお手紙が来たり、自動音声メッセージによる電話がかかってくる。

今日のお手紙は「Lockdown Drill」について。
ロックダウン・ドリル・・・聞きなれぬ訓練だな。
Fire drill(火災訓練)やTornado Drill(これはオハイオ時代の竜巻訓練)などの防災訓練はよくあるけど、Lockdown(封鎖)訓練って・・・。

お手紙の内容を見たら、不審者が学校に侵入した際の対応らしい。
コロンバインや池田小学校みたいな事態が生じた場合の練習みたい。

どんな訓練をするんだろう。
木曜日の予定だから、あとでシナコに聞いてみよう。

「なに? うるさい、知らない」って言われて会話は終わりそうな気はするけど。
(いまのシナコは、可愛さ余って憎さ千倍です)

2009年10月8日木曜日

続・物理プロジェクト

夕方、クラブが終わったシナコを迎えに行った。

「プロジェクト出来たん?」
「ん、もー信じられない! どこの世界にバカ正直に別の授業の宿題をするのに、他の授業を休みますなんて言う人がいるの! そんなの容認してもらえないの、あったりまえじゃないの!」

勿論、シナコが「容認」なんちゅう高度な日本語を知るわけがなく、ここでの会話はシナコは全て英語、私は関西弁である。

「じゃあ、他の二人はお母さんが上手いこと言って休めたん?」
「あったりまえじゃん。あ、ゾイは休んだけど、ポリアナは気分が悪くなって家に帰った・・・」
「ふーん、じゃあさ、何て言ったら良かったんよ?」
「もう、頭使ってよ。歯医者のアポがありますとか言えばいいんでしょ」
「そんな、嘘を思いつかないよ。そしたらそう言う風に言うって言ってくれないと。だから聞いたでしょうが、何て言ったらええんって。そしたら5時間目の英語の授業休みますでいいって言ったやん」
「もう、うるさい!」
「で、いつやったん?」
「昼休み」
「で、プロジェクトは出したん?」
「出した」
「ほんまー、出きたんや」
「出来てない! 未完成のまま提出した」
「ぎりぎりまでやらんと放っとくからやん」
「うるさい! 今朝は朝ごはんも食べてないのに、昼もランチ食べてない!」
「別にママが食べんといてって頼んだわけでもないでしょ」
「朝から何にも食べずに走ってきて、お腹空いて機嫌が悪いから話しかけないで!」
「シナコ等だけなん、未完成で提出したの?」
「違う。クラスの全員が、昨日は2時までやってて、全員が終わってなくて未完成で提出したの」
「そうか、そら、良かったやん」
「全然良くない! もういいから黙って!」

ここで会話は途切れた。

横並び精神が骨の髄まで染み込んでいる私としては、全員が出来てないんんだったら、それでオッケーって感じですけどねー。

物理プロジェクト

シナコねたばかりになってしまうのですが・・・。

今朝、学校のシナコから電話があり、
「今朝の物理のプロジェクト、まだ出来てなくて、5時間目の授業に出ないで、みんなでやることにした」
「そんなことしていいの?」
「うん。ママが学校に電話して、休みますって言ってくれたら大丈夫」
「ホントなの?」
「大丈夫。だから、お願い!」
「・・・わかった。なんて言えばいいの? 5時間目の、何? 英語? 休みますでいいのね?」

と言うことで素直に学校の出欠係に電話をした。
「12年生のシナコ・XXの母親ですが・・・」
「苗字のつづりは?」
「XXXXです」
「で、ご用件は?」
「今日の5時間目の英語を休みます」
「理由は?」
「なんか、他のプロジェクトがあって、そっちをするって言ってました」
「残念ながら、その理由では届出のあった欠席と認められません。無断欠席になりますよ」
「そうなんですか? まあでも、本人は休むって言ってますから・・・」
「わかりました。とりあえず連絡はあったので、学校からの無断欠席を通知する自動メッセージ電話は、今夜は家に掛かりませんけど、扱いは無断欠席になりますから」
「はーい、わかりました」

そうなのだ。無断欠席すると、自動メッセージで「XXXXは本日XXの授業を無断欠席しました。この件に関して質問がある場合は、XXXXへ」と言う電話が掛かってくる。以前に手違いで、この電話が掛かってきたことがあり、無断欠席の記録を消すために、学校に掛け合わなければならなかった。

電話を切って、一応シナコに連絡。でも授業中だからか電話には出ない。
仕方ない、SMSを送っておくか。

「学校に電話したよ。理由を問われたから、プロジェクトをするために休むって言ったら、無断欠席の扱いになりますだって」

すると折り返しのメッセージ。
「えっ! そんなこと言ったの? 信じられん。じゃあもうプロジェクトの作業できないじゃん。まったく、ありがたいよ!」

「じゃあ、最初から理由も教えておいてくれたらいいでしょ。英語に出るなら、自分でやっぱり出席しますって出欠係りに言ってね。もう欠席になってるから」

「一体何考えてんの? 直ぐに電話して、上手く授業に出なくて済むようにするか、さもなきゃ出ますって言って!」

「アンタが出るのか出ないのか、ママは知らないもん。じゃ、今日の英語の授業に出るってことね? もう一度学校にそう言って電話すりゃいいのね?」

「休めるようにしてくれるか、授業に出るって言うか、どっちかしてくれたらいいの!」

「授業を上手く休むなんて無理。先方は本当の理由を知ってるから。授業に出るって言っとくよ」

ってことで、再び出欠係りに電話。同じ女性が電話に出た。
「先ほどの、シナコの母親ですけど、やっぱり英語の授業には出ますって。と言うことで欠席は取り消しておいてください」
「きっとまた電話があると思ってましたから、まだ入力してませんでしたよ。私にも子供がいますから。無断欠席はだめ、授業に出なさいって、恐らくそういうことになるんじゃないかって思ってましたから」

別にそう言う理由でもないけど・・・。
私は学校のシステムもよくわからないし、そもそもシナコと言い争うのが面倒で言われたとおりにしてるだけなんですけど。

2009年6月11日木曜日

トロント (3)

特記すべきイベントもなく毎日がながれております。

キニコがトロントに行くのが決まったのはいいのですが、隣国と言えども外国は外国で、いろいろと手続きが面倒。ビザは取らなくてもいいらしいけれど、それなりの手続きはしないといけない。キニコのパスポートが今年の11月で切れるので、更新しないといけない。アルバイトでも働けるようにするためには、その手続きも必要。グリーンカードのほうは、そのまま何の手続きもしないで大丈夫らしい。

一番頭が痛いのが携帯。キニコは去年の5月の卒業祝いに、アメリカの親戚(私のアメリカの妹夫婦)からiPhoneをもらった。一人でアメリカにいた時期に、彼らの「家族」として携帯を持たせてもらったので、iPhoneの契約も彼らの家族としての契約。通常契約期間は2年だから、あと1年残っていることになる。

カナダでアメリカの電話を使うと、通話料にもデータ通信にも、ローミングチャージが発生するので莫大な料金になる。カナダで別の安い携帯を買えばいいのだが、そうするとせっかくのiPhoneは使えないし、使わないのに月々のチャージが発生。契約を途中解約すると罰金が発生する。あー、どうしたらいいのか。

カナダで行った携帯電話のお店のお兄さんは、本当はダメだけど・・・と、内緒でSimカードを入れ替えて使う闇の方法を教えてくれた。どうやら、闇でそう言うことをしてくれる人がいるらしい。

ところで、トロント大学での説明の際に、ちょっと感心したことがある。それは、学校のカフェテリアの説明で、「ラマダン期間には、通常の設定時間以外にも、特別時間の食事のサービスがあります」だって。果たして、アメリカの公立大学でこんなことをやっているところがあるだろうか。

2009年5月27日水曜日

トロント (2)

トロントは遠かったっす。
連休だったために、行きも帰りも国境を越える所で渋滞して45分~1時間待たされました。

ところで月曜日がカナダの祝日と言うのは嘘で、キニコが「週末は大学は休み」と言ったのを私が勝手にこの週末は休み(=3連休はカナダも休み)と誤解していたのでした。

結果から言うと、Revisit Dayのイベントには何とか参加することができました。でも、1時から開始と言うのはキニコは知っていたけれど、どこで行なわれるのかはわかっておらず、朝から広~いキャンパスを2時間ほどうろついて、いろんな人に聞きまくって(私が!)ようやくイベントの行なわれる場所を特定。そして、設営をしている人に事情を話したら「本当に今日は満員だけど、実際には欠席する人もいるかもしれないので空きがあれば入れてあげるのでスタンバイしてください」と言われました。

1時にそこへ行き、2階でスタンバイしておりました。私たちより先にも一家族が待っており、そうこうするうちに「飛び入り参加」組みが十数組になりました。きっとうちのような馬鹿娘のケースではなく、何かの事情で当初は参加できないと思っていたけど参加できるようになった人とか、ギリギリで参加する事にした人たちでしょう。

結局最後に空きがあったために、私たちも説明会に参加できました。最後に会場に入ったために、扇状の階段教室の一番上の席だったのですが、そこから前を眺めると参加している家族の大半の髪が黒い。つまり恐らく8割方は中東も含めたアジア人、黒人、ヒスパニック系。白人はわずかに2割ほど。白人だからと言って必ずしも欧米人とは限らないので、説明会に来ていた人たちに関する限りは、大方がマイノリティーでした。

トロント大学の大学院に行った友人が「人種のるつぼ」と言ってましたが、まさしくその通りでした。説明会に参加したのが、不安の多い「外国人たち」が多かったという見方も可能ではありますが。

キニコが去年1年間を過ごしたディキンソンとは180度違う環境と言えるでしょう。ディキンソンはほとんどが白人で、黒人は殆ど見かけない。マイノリティーは東洋人くらいのものでしたから。人数もディキンソンが2400人に対して、トロント大は5万2000人。ディキンソンの場合は大半が裕福な家庭の子女。対してトロントは公立なので家庭の経済事情も様々でしょう。キニコはそもそも都会にある大規模な大学を望んでいたから、本人の希望に沿ったものになるのでしょう。(今度こそは文句を言わせない!)

学校の直ぐそばに中華街があり、東洋人にはありがたい環境。美容院だって中国人の美容院なら「ザンバラ頭」に散髪されることもないでしょうし。

見学の後は、友人家族と会いました。1年半ぶりの再会でしたが、とっても懐かしくて楽しかった。友人の子供は可愛く大きく成長していたし、お互いの家族が、それぞれ成長しているのを見比べるのも楽しいです。まさかカナダで再会を果たそうなんて思ってもいなかったので、不思議、と同時に感動。

2009年5月12日火曜日

キニコの夏休み

キニコの大学が早くも夏休みに突入したため、土曜日は片道3時間半かけて、コイオと共にキニコを迎えに行った。来年度はこの大学には戻らないので、山のような荷物があるため「電車で帰って来い」とは行かなかったのだ。しかも出発は朝の5時半。午後に、キニコの高校を含む複数校間で陸上の試合があり、陸上部だったキニコが見に行きたいと言ったからだ。わがまま娘のために、睡眠時間も削らねばならなかった。

陸上の試合はチョート校で行なわれ、チョート出身の友達も一緒に連れ帰った。シェルドンは陸上部ではなかったけど、懐かしの母校を訪ねたかったらしい。今度の日曜まで1週間うちに居る予定。

シェルドンはアリゾナ出身。見かけはアラブ系かインド系にしか見えない。私がそう言うと、「大学のカフェテリアでもアフガニスタン出身の女性に、『あなたは同胞に違いない』と言われた」と言っていた。母親がナバホインデアンだそう。でもネイティヴ・アメリカンと言うより、どこから見ても中東系の美人。

ところでキニコの編入先は、ダートマスから不合格の返事を貰い(返事を待たなくても最初からわかってるだろうが)ほぼトロントに落ち着きそう。学費も安くなるし、良い大学だし、親として文句はないものの、車だと8時間半と遠いし、留学生の扱いになるので(アメリカ人でも)学生ビザを取得しないといけない。アメリカの永住権はそのまま何もしなくてもいいのか、国外に長期住むための手続きをしなくちゃいけないのか、ちょっとややこしい。

トロント大学のキャンパス再訪問日と言うのが今月24日にあるので、一家で観光がてらに行く予定。私はカナダに住む友達にも会えるし、楽しみだぁ。

編入は良いのだが、問題はキニコが主張するギャップイヤー。もっともらしい理由をメールで書いてよこしたときは、私もまぁいいかと思ったのだが、やっぱりどう考えても単に1年間遊びたいと思っているようにしか見受けられない。

ディズニーワールドで6ヶ月働くインターンシップに応募したものの、それもダメだったよう。私には、これは安価な労働力を手に入れるためのディズニーの搾取と思っていたのだが、簡単に採用しないところをみたら真面目なインターンシップだったのか。それとも今は買い手市場で幾らでも労働力があるから、ええ加減な学生は採用しないのか。(基本的にインターンは大学3年、4年が対象な場合が多い。)ディズニーのインターンは、最低賃金の上に、住む所も食費も自分持ちなので、殆どお金が残らない。

キニコも当初はここで稼いだお金で、ボランティアをしようとしていたが、その計画も消えた。ボランティアの殆どは有料なのである。ボランティアに頼らなければならぬほど資金のない国が、わざわざお金を払うくらいなら、未熟な経験しかない外国人を雇わずに、その国の言葉をちゃんと話せる地元の人を雇う--それ故、一部の費用は自己負担らしい。キニコは今、半年間バイトしてお金を貯めるなどと言っているが、こういう行き当たりばったりのところが私は納得できないし、許せない。

そもそも「1年間学校を休んで将来の進路を考える」と言いながら、方向性としては「獣医になるためか動物の飼育に関係する勉強」と「フランス語」をやりたいと、なんの関連もないバラバラのものを挙げ連ね、そのため大学ではBS(理学士)とBA(文学士)のダブルメジャーにする(専門を2課程取る)とか言う。怠け者のキニコにダブルメジャーなんて無理と思う。ホンマ、何を考えているやら。10歩譲って、フランス語と動物の勉強を本気で考えていると受け入れたとしても、今年1年間は「フランス語が嫌い」と言ってフランス語を取らず(中国語と日本語を取っていた)、今は「中国語なんて役に立たない」と言ってのける。おまけに、あいつは猫アレルギー! 獣医になってどないするねん!? ライオンもトラもネコ科やんか。

はぁ~。信じてやりたくても・・・です。とにかく、この1年は素直に大学に行って真剣に海外ボランティアしたいなら、興味あるボランティア組織を綿密に調べて、お金も自分で貯めるなり、寄付を募るなりしろと言いたいのであります。(既にちらっと言ったので、我々の間には不穏な空気が流れております。)

2009年2月24日火曜日

猛烈シナコ

夜中にシナコが眠っている私を揺り起こし、
「ママ、ごめん。これにサインして。」
「・・・はぁ・・・」
「おねがい。サインして欲しいの」
「・・・ペンは・・・」
「これ、はい」

寝ぼけながら、寝たままの姿勢で何やら書類にサインする。
ちらりと時計を見たら、2時。こんな時間に起こすな!と思ったけれど、眠たすぎて怒る力もない。

そのまま朝になり、いつものごとくシナコは朝ごはんも食べず(アンパンを手に握って)、シャワーでぬれた髪のまま、走って出て行った。

晩御飯の時。
「で、あの紙は一体何やったん?」
「来年取る希望の授業」
「どんな授業取るの?」
「Advanced Calculus, AP English, AP Physics C, AP Pychology, AP European History, Honors French 5, コーラス、体育」

信じられん・・・。

日本の皆さんのために、APという授業を説明すると、一般的に授業内容は大学レベルとされる。だから既に基本レベルの授業を履修していないと取れない。また高校でAPの授業を取ったから、自動的に大学での履修が免除されるわけではなく、学年末に全米で行なわれる科目別のAPの試験を受けて、成績が5段階評価の5か4で初めて既履修と大学に認められる。

でも多くの高校生は、大学での履修免除が目的ではなく、いかに難しい授業を取ったかを受験の際に大学側にアピールするためにこれらの授業を取るのだ。

シナコが熱心なのは結構なのだが、今年もAPを4教科(Biology, Calculus BC, Government, Music Theory)とHonors American Literature, Honors French 4にコーラスと体育を取り、成績はなんとか維持してるものの、ものすごい宿題の山にクラブ活動で、端から見ててもホンマに大変。夜1時2時まで宿題やって、起きてこない。その割に週末ぐうたらで、日曜の夜になって慌てる。で、こっちもどうしてもヤイヤイ言ってしまう。

12年生になると、これに受験が加わる。なんでも、ささっとやる人なら、アメリカの受験なんてエッセイを書く以外に大してすることはなさそうだけど、ぐうたらなわが娘を思うと、どう考えても忙しすぎる。おまけに9月はクロスカントリーのキャプテンだそう。

勝手にアイツがすることなので、ヤイヤイ言わずに黙って見てればいいんでしょうけど・・・。なかなかそう言うわけには行かないのですよ。忙しすぎて(と言ういい訳)部屋は散らかりまくり、自分の部屋で勉強できない状態になり、居間で勉強する。結果として居間も散らかりまくる。宿題が多すぎて、犬の散歩に行けないとのたまう。アイツだけの問題で終わらないのだ!

「やめてよ。こんなの絶対無理。ちょっとAP減らせ!」
「もう出しちゃったもん」

えっ?! あのサインは、私が容認したってことなのか・・・。

2009年2月6日金曜日

シナコの部活

今月一杯で、シナコの体操シーズンが終わる。毎日の送り迎えから解放されるのが、本当に待ち遠しい!

体操部の練習は5時から7時。下校は2時なので、一旦家に帰ってから出かけるのだ。だから、5時に送って行って、再び7時に迎えに行く。寒いから、1時間もすると車は冷えるし、その度に5分ほど前からエンジンをかけて暖気。寒い中、家から出たり入ったりしなくちゃいけない。インドア・ガレージがないもんで。

シナコの春の部活は陸上。こちらは終業後すぐに練習が始まるので、迎えに行くだけでいい。
はーるよ来い、はーやく来い!

すると、昨夜シナコが、
「秋のクロスカントリーでは、ママもちゃんとミーティングに参加してね」
「なんでー?」
「だって、シナコがキャプテンだから」
「はー? あんたがキャプテン? 何で? 他に誰もおらへんかったん?」
「違うよ。シナコが一番早いから」
「ほんまかいなー。12年生何人おるん?」
「3人」
「ほら、やっぱりー」
「ちがうよ、もっといたって、シナコがキャプテンだったよ。それにコーチに気に入られてるし」
シナコはかなり自信家のようだ。

「どーでもいいけど、何でママが出なくちゃいけないの?」
「キャプテンのお母さんだから」
「えー、イヤやなぁ・・・」

サウジ時代、週に1-2回は、学校でのボランティアのお手伝いに嬉々として出掛けていたのに、打って変わって今は、極力関わりたくない、後ろ向きな私である。

2人がアメリカンスクールに通っていたあの頃は、アメリカの学校がどんなものか興味があったし、閉ざされたコンパウンドの生活から抜け出せる絶好の機会だった。また、そこで出会うありとあらゆる国のお母さんたちとの会話が興味深くて楽しかった。

でも今は・・・物珍しい気持ちがなくなって、単にめんどうなのである。
先日も、体操部の親の集まりがあったのだが、すっぽかしてしまった。正確には、出かけるには出かけたのだが、シナコから正確な時間を聞いてなかったので、行ったらもう終わっていたのだ。シナコは私が「行きたくない」とぼやいていたので、どうせ来ないと思って、時間を言わなかったのだ。そんなこともあって、次回はちゃんと来るようにと釘を刺されたのだが。

アメリカでは、PTAを含め、学校の活動に自ら積極的に参加する保護者が多いので、できればそう言う方に任せておきたいのです。(結果的にはそうなるはず。)

今日も、アウェーで体操の試合がある。私は試合を見に行ったことがない。シナコもハナから来ないと思って声をかけない。来て欲しくもないらしい。

試合の後は、部員全員が一人の部員の家に泊まりに行くことになっている。18人しかいないとは言え、全員を泊められる家もスゴイ。また、そうやって協力しようと言う気持ちも偉いなぁと思う。真似できません。

雑魚寝でピッツァ取るくらいならしてもいいかな。でも家の床が抜けると思う。