2010年8月13日金曜日
コンタクト
先週の金曜日、シナコのコンタクトがほとんどなくなったので、買いに行こうと処方箋を見たら6月に切れていました。
我が家はいつもCostco内の目医者さんで、Costcoでコンタクトを買っているのですが、シナコを連れて行って、なにげに私も再度挑戦してみる事にしました。
2年前にもコンタクトを使ってみようと、トライアルまでしたのですが、どう頑張っても上手にコンタクトを入れることができず・・・断念。
「目が小さくて睫毛が下向きに生えているからかなぁ・・・30分くらい頑張ったんですけど・・・」
「目が小さい? ありえません。睫毛も関係ありません。最初なら30分は当たり前」
と言うことで、単に私が根性なしだっただけみたい。
前回はフツウのコンタクトでしたが、今回は遠近両用。
実はこのところロウガンが進んで・・・近くの文字が見づらい。
一番困るのが、眼鏡をかけている時。
実は眼鏡も遠近両用なんですれど、普段かけてないから、上手に使い分けられてなくて・・・老眼鏡の部分で近くを見てない。すると何も見えなくて・・・結局眼鏡を上げて(外して)近くを見てる。
コンタクトの方が、全てが瞳の近くに集約されているらしいから、使い分けなくて両方が見える、らしいのです。
ずぼらな私は、いちいち眼鏡を外したりかけたりしたくないのです。コンタクトを入れたら、両方すんなり見えるんだったら、それがいいなぁと始めたのですが・・・。
どうやらそんな甘いものじゃないみたいです。
両方を完璧に見るというのは、無理らしい。
実はこの1週間でもう3回も目医者に行って、調整をしてもらっていますが、3回目には私の顔を見るなり一瞬いやそうな表情をされました・・・。注文の多い奴って感じで。
ちょっと正統派ハンサムの、韓国系アメリカ人の先生なので、自分目当てに私が来てるなんて思っちゃいないでしょうね・・・(笑)。
だけど、不思議なのです。私の視力は左の方が悪い。
なのに、コンタクトを入れたときに左の方が遠くも近くも、右よりよく見える。
右はコンタクトを入れると、遠くは見えるようになるけど、近くは見えづらくなる。パソコンの画面もぼけちゃうし・・・余計に不便。
ある意味当たり前なんだけど・・・でも、遠くも左より見えない。
変でしょう・・・?
一番スッキリするのは、左だけにコンタクトを入れて、右には入れないとき。
全体としての遠くの視力は落ちるけれど、近くは良く見えるからなぁ・・・。
最初に検査したときの右の視力が、実は間違っているんじゃないかと密かに疑っています。
来週行くから、再検査してもらおうっと。(また嫌がられそう・・・。)
2010年8月3日火曜日
ネットでの出会い
ブログに書き込んでくださったコメントをきっかけに、コネチカットに住むある方(仮にAさんとしましょう)と知り合いになりました。何度かメールのやりとりをしているうちに、実は同郷(小学校、中学校の同窓)と言うこともわかりました。世の中狭い!
Aさんから、NCに引越すに当たり個人事業主よりは会社形態の方が良いのじゃないかと言うアドバイスを頂き、メリットもデメリットもよくわからないままに、思い立ったら吉日の私。ご職業が経営コンサルタントであるAさんに、是非会社設立のノウハウを手取り足取りご指導頂きたい!と、さっそく日曜日にお会いして来ました。
ワンマンの有限会社(one person limited liability company)の会社の作り方は教えていただきましたが・・・レシピは、州に会社設立の申請して、連邦政府からTAX IDを取得して、銀行にビジネス口座を開設するだけ。申請書を弁護士に作成してもらわずに自分で書けば、申請料の数十ドルだけだそう。
その後はドメインネームを登録して、会社のメールアドレスを作る。年間たったの10ドルほどでドメインネームって買えるのね。(会社じゃなくても、個人のドメイン作ろうかなぁ。)
会社にする事によって節税になるのかと思いきや、ワンマンの会社の場合はその効果はゼロ。税申告は、個人申告(会社としての税申告なし)なので、結局個人事業主と全く変わらない。
会社形態にするメリットは、「会社」であるという信用(見栄え?)と、最大のメリットは会社が倒産あるいは負債を抱えたときに、個人資産は守られると言うこと。
この二点に関しては、私の仕事の場合、関係ないのですよね・・・。
節税効果がないなら、もういいやと、ほぼあっさり会社はあきらめましたが、このところの悩みをAさんに相談してみました。
それは税申告の話。2010年度まではコイオのアメリカでの所得が発生しているため、コイオの会社が確定申告をするけれど、永住権を持っている私たちは、2011年度からは自分たちで確定申告をしなければならない。
NCに日本人の会計事務所があるか少し前に探してみたところ、それらしいところはない。別に日系でなくてもいいのかな。
Aさんに聞いてみたところ、コイオが日本で仕事して日本でも納税するため、この辺の事情に詳しい日系の会計事務所あるいは会計士のほうが良いでしょう、NCにこだわる必要なし、とのこと。そして、「何人か知り合いの会計士がいますから、ご紹介しましょう。」
その夜、直ぐにこの近くに住む日本人女性の会計士を紹介して頂き、早速今日、お会いしてきました。
これまでよく分らなかった経費のつけ方や、予定納税のこと、今後のホームオフィスの経費計上のこと、寄付した物品・寄付金などはどう付けるかなどなど、いろいろ説明していただき随分すっきり。今まで放置していた予定納税も、こう計算してこうしましょうと決めて頂いたし、2011年度からの確定申告もお願いできる事になって、私の不安は一気に吹き飛びました。
Aさんには、他にも、私の仕事に通じる可能性のあるNCでの知人を紹介しましょうと言って頂いています。元はと言えばネットでの出会い。正直言って、最初は心配だったけれど、こうした出会いにも通じるのだなぁとちょっと嬉しい。
ちなみに、会社設立のメリットはやっぱりないそう。但し、「個人事業主」としてCounty Clerkに登録しておくと、ビジネス用の健康保険に加入が出来、その金額は税金控除の対象になるそうです。
そうか、その手があったか。
でもね、アメリカの健康保険てべらぼうに高くって、1人1ヶ月500ドル程だよ・・・。どうするかなぁ。
6末でコイオの会社の健康保険も打ち切られ、今は保険なしの心細い身。娘たちは万一に備えて、大学の保険が使える秋までは、一時的に海外旅行保険に加入したのだけれど、いざとなったら飛行機に乗って日本に帰れば保険があるからいいや・・・と、私は、無保険のまま。だから、死んでも救急車に乗ったり入院したりできません。飛行機に乗れない大病の場合は、這ってでもカナダの国境を越えて、カナダで倒れようと心に誓っております。(確か、カナダは外国人も面倒見てくれるのよね??)
2010年1月17日日曜日
新型インフルエンザ闘病日記 <終章>
今朝は爽快な目覚めで、体温も平熱に。ばんさーい!
咳も随分収まったし。ただ、まだ声がかなりかすれてるんだけど・・・。え、元からって? いえ、今は森進一もびっくりレベルです。
お医者さんもゆっくり休んでとおっしゃったことなので、元重病人は大事を取って、今日も一日ベッドで過ごすと宣言。で、その通りにした。
流石に明日も元病人の権利は通用しそうにないので、諦めて潔く家事をするかな。明日の朝にまで、巧い口実が思いつかなければね。
と言うことで、恐らく私の闘病日記はこれにておしまい(の、はず)!
元気になって、めでたしめでたし、です。
2010年1月16日土曜日
続々 新型インフルエンザ
期待したMucinexは殆ど効き目がなく、咳はひどくなるばかり。夕べは結構しんどくて、それまでは昼夜逆転で、夜中まで本を読んでいたのだが、その力もなく12時には明かりを消した。でも咳がひどくて時折うとうとしても直ぐに目が覚め、殆ど眠れない。横隔膜も痛くなってしまった。
2時ごろ寒気がして体温を測ると38度8分。
(何が、明日になると熱は下がりますよだ・・・)
Advilを飲んだら、30分ほどして37度台の後半までにはなった。
今朝もまだ熱があった。
そしてふと気がついた。月曜日に治ってなければ電話くださいって言ってたけど、月曜日は祝日!
火曜日まで待ってまだ良くなってなかったら・・・。再来週の仕事を思うと、そんな悠長に構えていられないと思った。そこで、慌てて近くにある日系の診療所を調べて電話をしてみた。土曜日も診療していたところがひとつあり、今朝の11時に予約が取れた。車で30分のところ。
この診療所はコイオの会社の健康保険のネットワークには入っていないのだが、幸いネットワーク外でも3割負担で済むオプションがついている。ネットワークに入っているホームドクターの場合は1診察あたりに15ドルぽっきりだ。
さて診察してくれたラティーノ系のお医者さんは、お世辞にもパリッとしたお医者さんではなかった・・・。白衣もよれっとしてるし、風采の上がらぬ田舎の町医者風って言うのでしょうか。何しか、身なり、人種、診療、診断、処方に至るまで、ホームドクターとは好対照。ホームドクターの方は、ユダヤ系で白衣の下にYシャツ着て、ネクタイまで締めてる。
さてこのお医者さん、日系の診療所の専属医師だけあって、ところどころ日本語を話す。何故か特定の言葉だけ常に日本語だった: 下痢、溶連菌、オダイジニ。
「今日はどうしてここへ?」
ホームドクターにかかって、豚インフルエンザと診断されたことを説明する。
「で、タミフルは飲みましたか?」
かくかくしかじかで、Advil飲んで水分とってたら大丈夫だと言われたこと、昨日再度診てもらってMucinexを飲み始めたが全く効かないことなどを説明する。
「なるほど。あなたのお医者さんの考えもわかります。普通の場合は5日くらいで治ってしまいますから。ただ、極まれに、その期間では治らず、第2段階にまで進んでしまう場合があります。合併症を引き起こしたりする場合ですね。あなたの場合は、そうなってしまったんですね。細菌性の気管支炎を引き起こしているんでしょう。それには抗生物質が必要です。その前に、まずヨウレンキンもあるか、調べてみましょう」
「いえ、のどは痛くないですし、溶連菌の心配はないと思います・・・。うちの保険はここは7割までしかカバーしませんので・・・」
「最低限のテストしかしませんよ。溶連菌だけは調べておかないと、もし溶連菌がある場合は、出す抗生物質は更に強くて長期間服用するものじゃないといけませんから」
果たして溶連菌のテスト結果は「-」。
「あと肺炎は起こしていなくても、肺炎になりかけている可能性はありますから診ておきましょう。じゃ、診察台に上がって」と聴診器を取り出す。
ホームドクターはいつもセーターの上から聴診器を当てていたんだけど、それでもまあ、聞こえるんだろうけど、そんな医者は初めてだった。
少なくともこのお医者さんは、服をめくって、じかに聴診器を当てていた。普通・・・だよね。
「肺はきれいですね。大丈夫。では、体温を測りましょう」
耳で瞬時で体温が測れる体温計で計る。
「37.8度ですね」
と言うことで、あれよあれよと言う間に3種類の薬の処方箋を書いてくれた。
1. 気管支炎のための抗生物質5日分
2.咳を抑えるためのステロイド5日分
3.同じく咳止めシロップ
そ、処方箋が要る高価な薬だ!
「劇的に良くなりたいんですよね?」
「そうです!」
「大丈夫、これで魔法のように良くなりますよ。お薬飲んで、今週末は安静にしてください」
安静だって? これまたホームドクターと正反対。彼は「この週末は何か楽しい予定があるんですか?」って聞いたくらいだからな。「寝てます」って答えたから、何て柔なヤツって思ったことだろう。でもビョーキだから、アンタの所に来てるのに、なんか間違ってないか?
「ええ、でもこれまで5日間もずっとベッドで安静にしてたんですけど・・・」
「そうなの? あなた、よっぽどこのインフルエンザにやられてたのね」
そうなのだ。ホームドクターは「あなたみたいな健康な人は」ばっかり言ってたけど、実はわたしは「虚弱」だったのだ。なぜこんな繊細そうな私を見て虚弱だって見破られなかったんだ?
と言うことで、3枚の処方箋を手にルンルンした気持ちで診療室を出た。
「オダイジニ!」
帰りに薬局で薬をもらい、昼食後、早速お薬を飲んだ。
お薬を飲むのが楽しみと言う気持ちは生まれて初めて。
12時過ぎに薬を飲んで、既に3時ごろには咳が収まり始めた! 目に見えて咳が減って、横隔膜の痛みも激減。熱も徐々に下がって、今や平熱!
今日、あの診療所にかかっていて本当に良かった。火曜日まで待ってたらどんなに悪化してたか・・・。
今夜はぐっすり休めそう。
2010年1月15日金曜日
新型インフルエンザ 続き
今朝、再度、医者にかかることにした。
「どうですか?」
「気管支炎かなと思うんですけど。咳が出て痰がからんで、声が出なくなりました。再来週仕事があって、声を使う仕事なので、声が出ないと困るんです」とヒソヒソ声で。
「熱は?」
「昨日、一昨日は101(38)度でしたけど、今朝は100(37)度になってました」
「じゃ、取り合えず診察してみましょ」
診察後、
「で、あなたの意見では何が効くと思っているんですか?」
「発症から48時間経ってしまいましたから、タミフルはもうだめでしょ・・・」
「タミフルは虚弱な人や免疫体質に問題のある人以外に出しても意味がないんです。統計を見たらわかりますが、あなたのような健康な人の場合、通常は2日で熱が下がり、あと2日くらい咳をして4日もすれば、長くても1週間で治ります。タミフルを飲んだからと言ってこれ以上早くは治らない。虚弱な人や免疫に問題のある人で、病状がこれ以上長くなってはいけない場合にタミフルを出す。この国ではね。熱も下がってきているし、明日には熱はなくなるでしょう。来週には咳も止まって声も出ますよ。心配することはない。再来週の仕事までにはすっかり良くなっている。」
と言って、またしても処方箋の裏に何やら書いて渡してくれた。
1. 水分
2. スチーム
3. Mucinex
「しっかり水分を取って、スチームはコップや鍋のお湯でもいいけど・・・」
「マグカップにお湯をはって、吸い込んでました」
「それでもいいけど、手っ取り早いのはシャワーですね」
「え!? 熱があるのにシャワーに入っていいんですか?」
「全く問題ない。日に何度入ってもいい」
晴天の霹靂だ。
「日本じゃ、熱があるときはシャワーやお風呂は控えるようにって・・・。私はもうずっと気持ち悪かったんです。ああ、それは嬉しい!」
ぎょっとして、気持ち悪いものでも見るように、
「それは帰ったらすぐにでも入ってください。で、咳と痰には、これ。薬局で売ってる処方箋の要らない薬です。何も処方箋がいる高価な薬を飲む必要はないんです。時間が経って免疫ができたら治るんですから」
「この薬とシャワーに入っていいって教えてもらっただけでも今日は来た甲斐がありました」
「月曜にはすっかり良くなってますよ。もしそうじゃなかったら、そんなことないと思うけど、連絡ください」
と、心配性で神経質で不潔なオバハンと思われて、診療室から追い払われたのでありました。
帰りに薬局で咳と痰用のMucinexを買った。Mucinexには鼻づまり用もあるので注意。咳と痰用にも、「強力・長時間持続」タイプがあったので、それを買って帰ったら、なんとタブレットの大きなこと。喉に引っ掛かって、えづきながらようやくの思いで飲み下した。12時間に一度これを飲まないといけない。
その後は長時間のシャワー。あー極楽だった! とにかく髪を洗いたくて仕方がなかったから。
お風呂から上がってドライヤーをしてると、湯上がりだからと言う訳ばかりじゃなくて、何だか体が熱い気がする。体温を計ったら39.1度。口の中で計っているが、別にお湯を口に含んだ訳じゃないし。でも湯気は吸い込んでるからなー。
お風呂から上がって30分以上経った今、再び体温を計ると38.5度。
うーん、あのお医者さんは名医なのか、やぶ医者なのか・・・。前者であることを祈ろう。
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2010年1月14日木曜日
まだ熱がさがりまへん
コイオが今夜出張から戻るので、キニコのベッドに寝た方がいいだろうと、シーツを掛け換えてきた。一日横になっているからか、だんだん体力を消耗してきたのか、ちょっと起きて作業するとしんどい。
なのに、母親が病気でもなーんにもしないシナコが下から叫ぶ。
「ママー、カレーどこにあるの?」
大きい声が出せないからノロノロと階段の上まで歩いていると、
「ママってば、カレーはどこ?」
ようやく階段の上から、
「いつもの場所にあるでしょ」
「ないよー、ない! あ、あった」
「えー、これ何人分?」
あんたはレトルトカレーも暖めたことはないんか?
「一人前でしょ」
「えー、多すぎ」と言いつつ、おもむろに封を切ろうとする。
「お湯で暖めるんだよ」
「いいじゃん、チンでも」
お好きにどうぞってことで、私は二階の寝室に退散。
しっかしなぁ、ママが病気でも犬の散歩に率先して行くわけでもなく、朝は私がジョダを外に出すのだが、昨夜は夜中に目が覚めて7時前まで起きてて二度寝してしまい、目が覚めたら2時だった。かわいそうなジョダ。夜も再三再四シナコに言って、ようやく10時ごろにちょろっと散歩に連れてくだけ。
「散歩にいかなかったら、あんたの送り迎え絶対にしないからね」という脅し文句を聞いてやっと思い腰を上げる。
そうなのです、熱があろうが、槍が降ろうが、シナコの学校行事の送り迎えだけはついて回る。私が仕事でいないときは、なんとか友達に頼んだり、タクシーに乗ったりしてるんだから、ちょっとくらい考えてくれても良さそうなものなのに。
今日はコーラスの地区大会の練習で午後6時半〜8時半まで学校。私はパジャマのママ、ジャケットを羽織って運転。絶対に警察には捕まれない出で立ちだ。
明日は学校が終わってから直接本番の会場へ行き、9時に学校に戻ってくる。本番は土曜日らしい。(無論、聞きに行かない。来てって言われないし。)
心配は明日の夜が申し込み締め切りの最後の2校。絶対今夜中に終わらせなきゃ無理っしょ。勿論シナコの反応は「うるさい!」の一言。
1校はどうでもいいんだけど、1校は公立だから、是が非でも間に合ってほしい。でも、公立も受付順に合否を出していく学校があるので、こんなギリギリに申し込んでたんじゃ、もうだめかもね。
アメリカの公立も2次募集とかあるのかなぁ。
まあ、どうでもええわい。シナコの一生じゃ、自分でなんとかするっちゃ。(病床で宮本輝の流転の海を読んでるので、松坂熊吾の口調がうつったわい。)
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2010年1月13日水曜日
H1N1型インフルエンザ (4)
昨夜は熱が39度2分まで上がり、ちょっと心細くなったので、お医者さんに行く事に。但し、相変わらず解熱剤を飲むと、素直に熱は下がってくれる。
「熱が101度とか102度で、こんな高熱しばらく出したことないです」
「そうですね、なかなか高いですね。薬は飲んでますか?」
「Advil(イブプロフェイン)飲んでます。飲むと熱は直ぐに下がります」
「他に症状は?」
「あとは体が痛いくらい」
「咳は?」
「咳は出ます」
「鼻水やのどの痛みは?」
「ありません」
「症状を聞いていると、やはりブタインフルエンザですね」
と言って、処方箋の紙に何か書いている。検査もしないで、タミフルくれるのかな?
「検査しないんですか?」
「検査はもう意味がないんです。あれは病気が流行し始めたときに、どんなインフルエンザが流行っているのかをコミュニティーとして把握するためのものですから。これだけ蔓延した今では、もう必要もない。あなたが個人的興味からどうしても知りたいというなら、調べますけど。」
「いえ、別にいいです・・・」
「症状からしてブタインフルエンザに間違いないです。じゃ、はいこれ。」
と、手渡された紙は処方箋ではなく、処方箋の紙に書付けられた注意書き。
1.水分をたくさん取ること
2.熱や痛みにはAdvil
3.咳にはスチーム
インフルエンザには、解熱剤飲むくらいしかできないと言うのは聞いていたけど、やっぱりそうか。
「解熱剤飲んで、おとなしくしてたらいいんですね」
「いえ、別におとなしくする必要もないんですよ。やりたいことは何をやっても良い。家事をやっても、動き回っても」
「・・・別に、家事はしたくないんですけど・・・」
「ただ、熱があるときは人にうつすので、その間だけ他人と接触しないように心がければそれでいいです。このインフルエンザは、高熱が2日ほど続いて、そのあと咳が出て来るけれど、たいてい4日もすればケロッと治る。あなたの場合ももう熱が2日目だから、そろそろ下がってくるでしょう」
実際、お医者さんで熱を測ったときはもう平熱だった。出る前に計った時は38度2分だったんだけど。
ってことで「ブタインフルエンザ」と診断されただけで、帰ってきました。
日本から戻ってからお買い物に一度も出かけていないので、冷蔵庫はすっからかん。帰りにスーパーや日本食品店に寄って、晩御飯の食材を買おうかと思ったけれど、「周りの人にうつしてはいけない」という殊勝な気持ちから、買い物もせずに帰ってきた。
食材がないので、今夜も晩御飯は作れない。ああ、誠に残念じゃ!
今夜はレトルトカレーにしよう。るんるん。
2009年10月2日金曜日
微動だに
16日目だ。
私にしては頑張っている。
まだ1日も休んでない。
なにの体重計の数字は全然減らない。
私のボヤキをブログで見た友人が、ペットボトルを持って歩いたら?と提案してくれた。
あ、そっか、運動負荷を増やせってことね。
ならば、ダンベルを持ってるのよ。その昔、ステップエアロビなんざやってました折に買いましたんざますよ。ウェアも上から下まで揃えたんですけど、3ヶ月ほどで止めてしまいましたわ。
なんたってまずは道具からそろえる主義でございますから。今回もちょっと寒くなってきたからサブゼロ気温用のスペシャルな素材で出来たウェアをゲットしましたですから。「Sugoi」って言うブランドで、「スゴイとは日本語でグレートと言う意味である、な~んて書いてあったけど、冬でも十分に暖かいそうです。今日は十分冬みたいに寒かったし。早速、サブゼロはいて、上はヤンキースタジアムで買ったジャンパー。
片手にジョダの綱、もう一方の手にウンチ袋(しばらくすると中味入り)を持って、その上で両の手にダンベルを持つというのは簡単ではございませんが、ダンベルにはマジックテープも付いてるので、ウンチ袋の手の方はダンベルを手首に巻きつけて歩く事にしました。
別の知人はメタボ解消?はたまた健康作りのために自転車こぎを始めたそうですが、もう随分になるのに、やはり簡単には体重は減らないとのこと。最近は自転車こぎながらフルートを吹いているそうです。
あ、曲芸師じゃないですからね、念のため。室内のエクササイズ用自転車ですから。
フルート吹いているのは、自転車こいでる時間が惜しいから、ついでにフルートの練習もしようと一石二鳥が目的なのか、運動負荷を増やそうとしているのか知らないですが。
ならば私は一石三鳥でございますわ。
自分のウォーキングでしょ、ジョダの散歩でしょ。
加えて、あくまで「運動負荷を増やすため」にですが、iPod聞きながら熱唱しております。
歩きながら日本語で熱唱してるから、きっとおしゃれなグリニッチアベニューを行く人たちは(このところ帰りはグリ・アベを一部歩くことが多い)ちょっと頭のおかしいオバハンが歩いていると思ってることでしょ。そのうちヤンキースのジャンパー着て犬連れて歩いてる人って噂になったりして。一応すれ違う一瞬は声を落とすか、黙るんだけど、すれ違った途端に声を張り上げてるからな。(噂になるまで続くかなぁ。)
でも残念ながら歩いている間中ずっとずっと歌えないのですね。
と言うのも、ナツメロになると考えなくても歌詞が口をついて出てくるのに、最近仕入れたワカモノの歌になると、どう頑張ったって歌詞が覚えられん。一緒になって歌おうとするのに、歌えない。
でも、何とか歌おうとする努力がいじましいでしょ。そうだ、これはきっと記憶力を刺激して脳の運動にも貢献しているに違いない。んじゃ、一石四鳥だな。
で、今日も機嫌よく熱唱して帰ってきたら、万歩計付けていくの忘れてた!
めっちゃ悔しい!
平均歩数が今日でぐっと減ってしまう!
悲しすぎ。
2009年7月28日火曜日
痩身
週に少なくとも2回は、朝1時間早い電車に乗り、会社の近くのジムに行く。週末も家の近くのジムに行っている。
その前から、食事は制限していて、会社では昼食は食べていなかったはず。これはもう1年以上前からやっていたと思うが、あまり効果はなかった。そうそう、ご存知のようにその前には例のAlliにも挑戦していたのだった。
ジムに通いだしてからと言うもの、あれよ、あれよと見る間に痩せて行き、めちゃくちゃ「小さく」なった。本人は筋肉質になったと自慢しているが、端から見ると激痩せしているので、絶対会社では「あいつはガンらしい」と言う噂がたっているに違いない。実際、随分昔にダイエットした時にそんな噂がたったらしい。しばらく会わなかった得意先の人には、「はじめまして」と名刺を差し出されたとか。
確かこれは長女が生まれてしばらくした頃。コイオの太り具合のピーク時で、おへそがめちゃくちゃ深くなっていた。ダイエットを始め、家の周りを走ったり、ジムにも通っていた。冷蔵庫の上に「目標67キロ」と紙を貼り、実現した時には、「祝67キロ達成」の垂れ幕を天井から吊ってお祝いした。
サウジ時代もダイエットして痩せたし、私たちがオハイオにいる間も一時期かなりほっそりしていた。
痩せてくれるのはいいんだけど、その度に洋服がぶかぶかになって、新しい服を買ったり、古いものをリサイズしなければならない。それでその体型で留まってりゃいいものを、またジリジリと戻っていくから超不経済。
今回は学生以来の64キロになっているので、どの洋服もぶかぶかになっていて、全部買い替え。めちゃくちゃもったいない。今度こそ今の体重で留まっていてくれたらいいんだけど。(私的にはもう少しがっちりしていてもいいんじゃないか、と思うくらい細くなってる。)
コイオのこれまでの太り具合と激やせ振りをご覧入れます。
不公平だから、私が徐々にふくよかになっている様もご覧入れましょう。
2005年年末
2006年年末
2007年年末
2008年年末
2009年7月
2009年5月18日月曜日
H1N1型インフルエンザ (3)
今日は仕事のための移動日。空港で待っていると、テレビでニューヨークのブルームバーグ市長が学校閉鎖の話をしていた。このニュースに気付いたのも途中からで、テレビの画面もどこにあるのか、スピーカーから一部話が聞こえただけ。
ようやくホテルにチェックインして、記事を検索した。すると、どうやら先週からクィーンズの学校でインフルエンザのような症状を訴える生徒が出始め、14日から今日までで、合計12校(加えて特別プログラムの4校が同じ校舎を共有しているので、実際には16校)が閉校になっている。まだ実際に確認された感染者数は発表されていない模様。
日本も驚くスピードで感染者が増えている。
この時期日本に帰国する予定だった友達は、帰国を延期。今週末グリーンカードの面接で帰国予定の知人も戦々恐々としている。早く落ち着くといいのだけれど、落ち着いていたと思っていたクィーンズの状況が実際はそうじゃなかったようなので、やっぱり侮れないのかな。
2009年5月17日日曜日
H1N1型インフルエンザ (2)
少し前にローカルのラジオのニュースで感染者数がコネチカットでも増えていると言っていたのを思い出した。ただ、数は増えているものの、症状は普通のインフルエンザと変わらないし、学校をどうするかの対応は各々の市町村にゆだねられているらしい。
今調べると、現在のコネチカット州の感染者数は47人。ニューヨーク州は242人。全米トータルでは4714人で、死者4人。
でも、ふと日本との違いに気がついた。日本はどこも人口が密集している。アメリカのこの田舎で47人ですからね。ニューヨークも確かに人口が密集しているけれど、地下鉄で、阪急電車のように毎朝のラッシュ時には、外から駅員が乗客を押し込む、なんてことはありえないし。
日本は会社に「遅刻」することに対して非常に罪悪感とプレッシャーを感じる社会だけれど、こっちは少々の遅刻なんて概して平気。だから地下鉄が混んでいて一杯だと、諦めておとなしく次の電車を待つ人が多い。逆に無理やり車内に乗り込んだ場合のほうが、乗客からの視線を感じることが多い(←習慣から、ついやってしまうもんですから。)
バレーボールの試合で感染するくらいだから、あっと言う間に日本列島に広がりそうですね。
あえて非難と批判を承知で書くなら、これで少しは高齢者が減れば・・・と思うものの、何故か若者ばかりが感染していて、うまく行かんもんですな。
H1N1型インフルエンザ
今朝母からメールがあり、最初は神戸高校で、次は、バレーボールの交流試合で観戦したらしい兵庫高校の生徒。大阪は、茨木市の私立、関西大倉。そのため神戸、芦屋では、学校、公民館、映画館などが閉鎖で、母が受賞者なので楽しみにしていた神戸新聞の年間賞の授賞式も中止に。また、姉との金沢旅行も、姉の娘の修学旅行が中止になったことと、こんなときに「神戸から来ました」と旅行に行くのも気が引けて、キャンセルしたそう。慌ててスーパーに走ってもマスクは売り切れ。父も母も、外での活動が何一つできず退屈してる模様。
豊中の友人からもメールが来て、昨日豊中市でも2名の感染者が出て、とうとう今日から23日までの一週間、豊中市内全域の幼稚園、小・中学校は休校の命令が出た。そういう必要があるのかどうかさえわからないけれど、市長からのお達しなので仕方がない。でも情報は錯綜していて、なかなか学校からの正式な情報もなし。保育園も障害者の託児も高齢者のディケアーも全て閉鎖らしい。中間テストも取りやめらしい、修学旅行も中止かもなど、情報ばかりが渦巻いており、買い物に出ると、もうスーパーの前は車の長蛇の列。町中マスクの人で溢れ、使い捨てのマスクはどこも売り切れの、まさにパニック状態、とのこと。
このインフルエンザが表面化した当初から感じていたことなんだけれど、アメリカと日本の報道に大きな違いがあった。日本は感染者が出ないうちから、えらい大騒ぎで、ニュースでも毎日大きく取り上げらていた。一番最初に感染が疑われた高校生が、「新型インフルエンザでなかった」といういニュースが大きく取り上げられ、その高校の校長まで記者会見・・・を見て、「違ってんから、違いましただけでええやんか」と冷ややかな目でニュースを見ていた私。
一方、最初に海外での感染者と死者を出したアメリカは、相変わらず死者と感染者数は増えているものの、今ではインフルエンザがトップニュースになることはない。そのため、ここの所、インフルエンザがどうなっているのか全然わからない。昨日のニュースも、オバマ大統領がノートルダム大学の卒業式でスピーチをすることが波紋を呼んでいる(中絶賛成を掲げるオバマ氏の政策がカトリック大学の生徒の一部には受け入れられないため、卒業生の中にボイコットする生徒が出ている)など、政治と経済のニュースばかり。感染者を出したブルックリンの高校も、再開して以降の報道は何もない。ってことは落ち着いているのでしょう、多分。
当初からアメリカではメディア間で、どちらかと言うと「できるだけパニックを起こさないような報道」を心がけていたように思う。バイデン副大統領が「僕だったら家族には出来るだけ出掛けずに、密室のような空間には入らないように言うね」と発言して、かなりのバッシングを受けていた。この発言に対してニューヨークの市長も、「地下鉄の利用は心配ない」などのコメントを出していたくらい。(地下鉄の利用をやめて、みんなに車でニューヨークに来られても困るということなのだけど。)
そう言えば、阪急電車の駅員さんたちがみんなマスクをしていて、消毒液で電車を清拭している様子が映し出されていたけれど、ニューヨークの地下鉄なんて何もしてなかった。何たる対比。町行く人もマスクはしていない。(そもそも、マスクをする習慣がないですから。日本に行ったアメリカ人が、花粉症などでマスクをしているのを見て、かなり不思議そうにしていました。)
フェーズが4から5に上がった時も、アメリカでの報道は「フェーズを上げる事により、国際間の協力を強化するため」とWHOの人がコメントしていた。どうやらフェーズによって、国際間の協力レベルが規定されているよう。こういう話は日本の報道では聞かれなかった。更にフェーズが上昇した時の専門家のコメントでは「現在の感染の状態からは既に6であってもいいくらい」とも。これはどう解釈するべきなのか。6にしてパニックを起こすより、毒性が低いことからとりあえず5で、と言うことなのかなと私は思ったけれど。
どちらの報道が正しいのかはわからない。アメリカ側は実際よりは、かなり差し引いて報道していると言うことも考えられるし、日本は殆どヒステリックな状態とも言える。実のところはどうなのか、おいおいわかっていくことでしょう。それにしてもこの差異は、報道機関の対応の違いか、政府の対応の違いか、はたまた国民性の違いなのだろうか。
2009年3月30日月曜日
認知症
4月1日に出て、2日の夜に到着。12日までいる予定。
ブラジルから戻って、ブラジルのことも書きつくせぬまま、嬉しいことに立て続けに仕事の予定があり、そうこうしているうちに、義母の様子が悪化し、急遽帰ることに。
義母はもともと片目の視力がないところに、大阪で一人暮らし。2人兄弟の夫の兄は関東に住んでいる。少なくとも夫よりはずっと優しいと思われる兄は、年末年始や夏休みには義母を関東に呼び寄せていたし、義母の様子がおかしいと感じ始めてからは、1-2ヶ月に一度は大阪に様子を見に出掛けていた。
去年2月に私たちが帰ったとき、やはり義母の物忘れが激しいことには気付いてはいた。でも年齢からして多少の物忘れは仕方がないし、私だってこのところめっきり記憶力が悪くなって、コイオにもお前大丈夫かと言われるくらいだから、あまり深刻には考えてなかった。
でも夏辺りから、ちょっとこれは・・・と思うようになり、去年11月に会った時には、やっぱり一度見てもらったほうが良いし、一人暮らしは心配なので、何らかの介護サービスを入れたほうが良いと感じた。
たまたま私の実姉がケアマネージャーをしている。お陰で、どんなサービスがあり、どう手続きするのかを詳しく教えてもらい、義兄が手続きを始めていた。
実姉はかなり昔、メークアップアーチストになる!と、大枚をはたいて学校に通い始めていたが、何の事情か行けなくなって、挫折。義兄(姉の夫)にも「お金をドブに捨てよった」と言われていた。それからしばらくたって、ケアマネージャーになる!と資格試験を受け、何度目かの挑戦で合格。私は、つくづく、あの時お金をドブに捨ててくれて良かったと感じている。だって、メークアップアーチストで私たちが受けられる恩恵は、せいぜい、キニコとシナコの結婚式に、田舎臭いお化粧をしてもらうのが関の山。義母のことでは、姉に相談に乗ってもらって、ほんに心強い。
サービスを導入するための手続きとして、介護度の認定手続きや、認知症があるかどうかの医師の診断手続きを始めた。認定前でも仮でサービスを受けることができるので、そのように勧めたかったが、義母の抵抗がすごかった。本人としては、他人の手助けは必要ないと思っているのだ。
その反面、「もう一人では暮らしたくない」と義兄に同居を懇願。義兄もその心積もりはあるものの、今すぐ実行できる環境が整っていない。去年の夏休みには、まずは練習とばかり、義母を呼び寄せたものの、義母の家族に対する暴言、暴力はひどく、「こんな所では暮らせないから帰る!」と怒り出し、すぐに大阪に戻す事になった。もともと気の強い義母だっただけに、当時は、これが認知症の影響だとは思っていなかった。
ちなみに、暴言、暴力などの周辺症状が、認知症で一番困る部分なのだ・・・と言うことも、私は徐々に理解するようになる。
お正月も同じような結果に終わった。その後、正式に介護度1の認定と、医師の診断で認知症と診断された。診断結果に動揺したのか、義母の状態は加速的に悪化している。先週は、義兄を孫だと思って話し掛けたそうだ。白髪頭だから、孫に間違うはずがない。
大阪で一人でいるときは、義兄の携帯に昼夜を問わず毎日のように電話があり、一人にしないでと泣く。またATMの暗証番号を忘れ、義兄に再発行の手続きを細かに説明されて、指示を書いたメモを持って銀行に行きながら、何故か通帳の再発行の手続きを始めたり。このときは、義兄が銀行に電話して発覚。実は通帳はちゃん持って銀行に行ってるのだ。コイオの会社にも息子と連絡が取れなくなりました、と電話。うちの電話番号を書いた紙が見当たらず、直ぐに電話したかったらしく、東京の本社に電話をしていた。認知症の進行防止の薬を飲むのも忘れてしまう。
毎日の電話攻撃に辟易し、一週間前、義兄は母親を一時的に呼び寄せた。
しかし・・・また、同じことの繰り返し。家族に対する罵倒。そして誰かが誰かをかばうと、「みんなで私を敵にして」と激昂し、つかみかかったりする。そして、「もう帰る!」となり、昨日は既に大阪に帰宅していた。
今度と言う今度は義兄も疲れ果て、兄嫁にいたっては、夏から体重が激減。私としては彼女の精神状態のほうが心配なくらい。
本人が大阪で暮らすと言うからには(きっとまたすぐに気が変わるに違いないが)、とにかく一人暮らしできるように整えねばならない。たった10日ほどで何が出来るのかもわからないが、とりあえず帰国して様子を見てきます。
アマゾンとブックオフで認知症に関する本も一杯注文したし、勉強します。
しかし、友人にこの話をしたら、家族が認知症だという人の何と多いこと。
高齢化日本をしみじみ感じるのであります。
2009年2月28日土曜日
風邪
一昨日の夜あたりから喉が痛くなって、昨日は微熱もある感じ。
日本で買ってきたコンタックの総合感冒薬を飲むも、イマイチ効き目がない。
今日はのどの痛みは収まったものの、声はガラガラ。鼻の奥が痛くて、鼻水もでる。
そこで今度はオリジナルの、「朝夕1カプセル。かかったかなと思ったらコンタック600」に変えた。
とっくにかかってるから、効果はないかな。
今朝は風邪気味を押して、近所でマニキュアとペディキュアまでやってもらって来たのに。
マニキュアすると爪が重たい感じがするし、爪の健康には悪いと思うから、普段はやらないんだけど。いかにブラジルに気合が入っているかわかるでしょ。
なのに風邪で行けなくなったら、洒落にならん。
コンタックで鼻水は止まったけど、まだなんとなく熱っぽい。
そこで、昼食後の今、今度はパブロンゴールドも飲んだ。
これから寝て来ます。
とにかく治ってよ!
2009年1月13日火曜日
エクササイズ
何事もまずは形から入らねばならぬタイプ。編み機も買ったし、水彩画の用具も揃えたし。エアロビのウェアに、テニスのアウトフィット。エクササイズマシンも今まで何台購入したか。
特に体を動かすことが苦手。色黒で運動神経抜群そうな外見とは裏腹に、体育の成績と来たら、小学校では一重マル。高校では5段階評価の2なんてこともあった。(これは授業中のおしゃべりがたたったと信じているのだが。)
あまりに体を動かさないから、このままでは寝たきり老人街道まっしぐら。これではイカンと少し前から真面目に思っている。そこで、ヨガのDVDを友達に借りたり、ウォーキングを始めたり、トレッドミル(ランニングマシン)で走ったり、一応、試みては見た。
勿論ヨガのためにマットを購入、ウォーキングのためにウォーキング用アウトフィットと靴を購入。ウォーキング中の時間活用のため、ポッドキャストでニュースでも聞こうとiPodも購入。トレッドミルでただ歩くのも勿体無いから、DVDでも見ながらとSex & the Cityの全シリーズを購入。
しかし案の定どれも1,2回で終わった。ヨガはマットを引くのに場所作りをしないといけないのが面倒だし、DVDをセットするのも面倒だ(日本のDVDだから接続しなおさないといけない)。ウォーキングはiPodが上手く使いこなせず、いちいちPCに繋いで内容を入れ替えるのも面倒。そうこうしているうちにキニコにiPodも取られた。トレッドミルでSex & the Cityを見ようとセットしたら、トレッドミルが出す音がうるさ過ぎて、音声が聞こえない。
どれも途中で辞める口実に過ぎないのだが。
しかしこの景気の悪さで、仕事もなく毎日家にいる。「夜の間に出来ること」をしようと思い、やっぱり体力造りしかないなぁと奮起。
最近はYoutubeで日本のドラマが見られる。ただ単にドラマをぼーっと見ている時間も勿体無いし、トレッドミルをやりながら見れば一石二鳥だ。但しトレッドミルの騒音問題がある。そこで、この週末、ワイヤレスヘッドフォンなるものを購入! これで騒音を気にせず、ドラマを見ながら歩けるではないか!
と言うことで、早速昨日2マイルを歩いたり走ったりしました! ネットで上沼恵美子のラジオ番組を聴きながら。
ただ・・・購入したBluetoothのヘッドフォン。めちゃくちゃ雑音が入る! しかも10mの範囲で使用可能なはずが2mも離れると雑音が急激に増える。おまけに、PCを開けるたびに設定しなおさないといけないし・・・。あぁ、もはや途中で挫折する口実は山のようにあるわ。今日はどうしようかな・・・。
2008年12月8日月曜日
バレット食道
これは、先日、夫のコイオに下された診断。
食道に胃酸が逆流して攻撃されると胸焼けが起き、これが繰り返されると食道炎(焼肉の食道園やおまへん)になってしまう。健康な状態では胃と食道の間には「噴門部」という部分があり、胃酸が食道に逆流するのを防いでいる。しかしこの機能が何らかの理由で不全になると、慢性的に胃酸が逆流し、食道であるにもかかわらず胃の粘膜に近い構造の粘膜組織ができてしまう。これをバレット食道と言うそう。
コイオがGERD(胃食道逆流症)であることは去年の健康診断でも言われており、ずっとprilosecと言う市販の胃酸を押さえる薬を飲んできた。それでも良くならず、今回は一歩進んだバレット食道の診断。
バレット食道の人の2割は食道がんになる可能性があるらしく、組織検査をすることになった。看護婦さんは「みんながみんなガンになるわけじゃないですから・・・」とコイオを励ましてくれたそうだが・・・。コイオの家系はガンの家系。父親は前立腺がんで亡くなっているし、叔父(母の弟)は白血病で亡くなっている。
今回の診断に本人もかなりショックだったと見え、これまで何度私が言っても聞かなかったのに、今後はミントを一切食べないと言った。(信じられないと思うが、ミントを1日で一缶くらい「食べて」しまっていた。あんなものは通常1日数個「なめる」程度でしょ。)
のみならず、朝のコーヒーも半杯にし、その後一切飲まない。お茶やコーラなどカフェインのあるものは一切やめ、食事も早めに取り(お陰で帰宅が少々早くなった)、就寝の3時間以内は何も食べない。
休むときも身体を起こして寝たほうが良いらしいので、金曜日にコイオが会社に行っている間に、どんな補助具があるのか、インターネットで調べてみた。
腰から上を少し起こすための斜めのパッドがあるのだが、これはシーツとマットレスの間に入れるものらしい。我が家はクィーンベッドなので、シングルサイズのパッドを買えば、マットレスの半分以上の幅のパッドが私の側に進出することになる。うーん、やだなぁ。
更に調べると、こうしたからだの半分を起こすパッドを使用するより、からだ全体を斜めにしたほうが寝やすいし効果的だとのこと。角度をつけるために、マットレスとベッドフレームの間入れる斜めのサポートがあるのだが、このサポートが200ドル程する。
もう少し調べると、最も手っ取り早く、経済的かつ効果的な方法は、「ベッドライザー」と呼ばれるベッドの高さを上げるための「足」を入れること。
既に私たちのベッドではベッドライザーを使っている。ベッドの下が衣装ケースの入る収納スペースにするために、4本の足にライザーをかませているのだ。このうち足元の2つのライザーを外せば良いのだ。
早速ライザーを2つ外した。するとベッドが斜めに傾く。最低15センチの高低差をつけなければならないらしいが、これで前後の高低差は13センチ。ま、いいでしょ。
「お前がしんどいからいいよ」とコイオは言ったが、私も試してみたかったので金曜の夜はそれで寝てみた。
確かに傾いてはいるけれど、体はまっすぐなのであまり違和感なく眠れた。
が、翌朝目が覚めると、体が前に滑っていて、足が2センチほどベッドの裾からはみ出ていた・・・。更に何だか腰が痛い。翌朝が土曜日で、いまだ時差ぼけを理由に昼前まで12時間も寝ていたからか?
土曜の夜もこの状態で寝たけれど、コイオは全く問題ないらしいが、私の場合は、やはり腰の辺りに体重がかかるらしく、目覚めると腰が痛い。今朝は朝方腰が痛くて目が覚め、身体を180度回転させて、足を高いほうにしたら、腰の辺りがすっと楽になった。やっぱりこの斜めのベッドは私には合わないらしい。
これは床を分けるか、ツインを2つ並べたタイプのキングサイズのベッドにするか、いびつに段が付こうともコイオの側にパッドを挟むか、今まで通りにコイオの食道に胃酸を逆流させるか・・・どうしたらいいかなぁ。
ちなみに組織検査の結果が土曜日に来て、「悪性細胞は発見されませんでした」とのこと。まずは一安心。
PS
なぜ夫のブログでの名前がコイオなのかと聞かれたことがあるのですが、「恋しい夫」と書いて恋夫。
と思わせておいて、本当は夫の顔は非常に濃いので、濃男、です。
2008年8月28日木曜日
お金持ち
アメリカでは、医療と同様で、普通の虫歯治療や歯のクリーニングをしてくれる、いわゆる「ファミリーデンティストリー」とその他の専門医で別れている。だから、歯を抜くには、別の専門医に行かねばならない。大学が始まる前の週に、4本全て抜いてもらった。
昨日、請求書が届いた。4本で2,700ドル余り! 保険が下りるはずなのに、保険金額が差し引かれていない。先ほど電話したら、後から保険会社から連絡が来て、実際の請求額は500ドルだそう。ほっ。(それでも500ドル!)
先日、大家さんの息子のマイケルが、ドアのペンキを塗りにやって来てくれた。玄関のドアを新品に交換してくれたのだが、ドアの色を、敷地内の他の棟と同様の緑色に塗るため。
作業中、彼と世間話をしていた。彼の本業はタイル職人。先週まではバーモント州に建設中の、ある別荘のタイル作業に出かけていたとのこと。何でもバスルームが6つもある別荘だそうな。持ち主はグリニッチに住む口腔外科医だって。
「彼のグリニッチの自宅は800万ドル(8億円)は下らないし、別荘も300万ドルはするよ」とマイケル。キニコの親知らずの請求書を見て、そりゃ別荘も建つわな、と思った。
学校が始まる前に、キニコは再び同級生のAのところに遊びに行った。ちょっとだけ痩せていたそう。やっぱりバイパス手術の目的は、痩身だったそうである。あの年齢でそんなことして、本当に大丈夫なのかなぁ、と他人事ながらちょっと心配してしまう。
2008年7月9日水曜日
肥満
食べる子供に食べるなと言うのは、かなり大変なことらしいけれど、(わが子は逆で全然食べなかったから、食べるのを禁じると言う苦労を私は体験していない)、それにしても今の肥満児の大半は、飽食の上、偏食で運動不足が原因と分かっているのだから、それを安易に薬に訴えるというのはどうなんだろう。
先日、引越し荷物を運ぶべく、車で移動中に、助手席に座ったキニコが言った。
「明日、Aが手術するんだよね。」
Aと言うのは、キニコの高校の友達で、当時は4台分のガレージがついた大邸宅に住んでいて、リバーサイドの海の側に、ダウンサイズするべく新しい家を建設中だった。今はその新しいところに移っている。(2007年2月9日付けの「コネチカット通信 その2」参照。)
「どうしたの?」
「胃のバイパス手術をするの。」
「え、それって、胃を摘出して、腸と食道をつなげる手術?」
「うん、そう。」
極度な肥満の人が受ける手術だ。知人にも一人手術を受けた人がいる。かなりの肥満で、手術前は心臓に負担がかかり過ぎているため、このままでは命が危ないと言われていた。ちょっと体を動しただけで、息切れしていた。手術後の一時期は本当にほっそりしていたけれど、今は少し戻っている。でも以前の病的なレベルではない。ご夫婦でダンスをしたり、体を動かしているからだろう。手術によって体が動かせるレベルになったと言うことだ。
一方Aは、卒業式の日に見かけたけれど、確かに太ってはいる。けれど、それ以外の健康的な問題はなさそうで、若さから溌剌、ぴちぴちしていた印象を受けた。決して手術が必要なほど病的な肥満には見えなかった。それなのにバイパス手術?
詳しい事情は分からないから、憶測で書くのだけれど、太った人が殆どいないこの界隈で、肥満と言うのは耐え難いことなのかも知れない。そこでバイパス手術をして、大学が始まる前の夏休み中に、一気に痩せてしまいましょう・・・なんて考えなのだろうか? でもたったの18歳。本当にそれでいいの?
キニコ曰く、「結構やっぱり太ってたよ。それに、急に太ったの。」
そりゃ、あの学校やこの近辺の標準に照らし合わせると、かなり太ってはいる。けれど、中西部に行けば、まだまだ上がいる。
美容整形するノリでバイパス手術をするのだとしたら・・・。
本当はバイパス手術をしなければならない、健康上の理由があるのかもしれない。是非そうであってほしい。
2008年5月27日火曜日
トシ
大学院や仕事場を通して知り合った友達が多いからだ。
大学院時代もクラスで一番年上だったし、仕事場の同僚の中でも最初の1年を除いてはずっと年長だった。
仕事場では、自ら汚れ役を買って出て「ババア」ネタで笑いを取っていたが、本当はこれっぽっちも自分がババアだとは思っちゃいなかった。
えーそうだったの?と言っているキミ。そうだったのだよ。今こそ語る真実。口ではババアと言いんがら、内心はこれっぽっちもババアだとは思っちゃいなかったのさ。ま、みんなはどう思ってたか知らないけど。私の方は、みんなと全然変わらない積もりだったのであ~る。
昔から年齢よりはずいぶん若く見られてきた。17歳のときは小学生で通ったし、社会人になってからもディズニーランドは学生料金で入れたし、プールでは高校生にナンパされるし。夫とデートしてた時は父子と間違われた。・・・ま、こういうのは若く見られたとは言わず、子供に見られたと言うべきか。
外国では特に東洋人は若く見られるし。だから口ではババアといいながら、自分は若いとずっと思ってきた。
ところが、どうだ。ここ1、2年は肉体的に、物理的に年齢を感じるようになったのだ。
実際に年を取ったと感じる場面が出てきて、愕然としている。なんて悲しい!
この先は男性の読者には、読まずに飛ばしてもらいたい。
まず、これまでデオドランドなど必要としなかったのが、脇の下に汗をかく! 夜中に寝汗をかく! ま、ま、ま、まさか、これが噂のホットフラッシュか!
だいたい性格が悪くなった。いや、それも言うなら、更に悪くなった。しつこくなった。短気になった。そして日本語でもムードスイングと言うのか、感情の起伏が激しくなった。
今のところ、まだオンナだけど(こういう事を公な場であるブログに平気で書けるところがオバハンだ!)それもいつまでのことだろう。昔に比べると閉経が早まっていると聞く。寿命は延びているのに、それに反してオンナの寿命は縮まっているとは、不思議だ。
と言うことで、先日の誕生日も、誕生日というのは嬉しいのだけれど、またひとつオバハンになったことは全く憂慮すべき出来事であった。
2008年5月19日月曜日
避妊(2)
高校生のピル使用に関しては、以前住んでいたオハイオでも事情は同じなのかしらん、とあのブログを書いた直後に、元同じ職場だった生まれも育ちもオハイオの友達にメールで尋ねてみた。彼女にはキニコと同い年の娘がいる(優秀なんだわ、これが)。
彼女の返事のメールには、こう書かれていた。
「聞く相手としては、私は一番相応しくないかも。私自身、ピルを使用したことがないし、もちろん娘も使っていません。さりとて、私たち夫婦もこういう話は娘にきちんとしているし、彼女も必要とあれば私たちに話してくるでしょう。私の席の周りにいる数名の同僚にも聞いてみたけれど、どこの娘もピルは使用していないようです。」
なるほど。
やっぱり、比較的リベラルな人が多い東海岸特有の事情なのかしら。それとも、恐らく保険が利かないピルの使用は、お金持ちでなきゃそんな早くから使わないとか、そう言うこともあるかも。