2009年8月29日土曜日
スペースシャトル (7)
見ました! 見れました!
発射の瞬間は噴射でものすごく明るくなってびっくり。
そのあと炎を出し続けて飛んでいくシャトルに感激・・・
と書きたいところなんだけど、実はずっとデジカメを構えて取っていて、カメラの液晶画面から覗いていた。すると目にはくっきりとシャトルは見えるのに、液晶の画面を通すと上の写真のように噴射の炎が広がっているようにしか見えない。
発射後のシャトルもちゃんとシャトルが噴射しながら上がって行くのが見えるのに、液晶では単なる光の玉。
おまけに連射モードにしていたら、ある程度の枚数を取り続けるとカメラは止まってしまう。その度に、再びカメラの設定をしなおし。
そんなことをやっているうちに、シャトルは小さくなって、ついには消えてしまいました。
あー、写真なんて忘れて自分の目に焼き付けておくべきだったな。
NASAから拝借した写真。本当はこんな風に見えていたのです。
でも何度もキャンセルや肩透かしに会っただけに、この目で実際の発射を見ることができて本当に感激。
帰りは見物帰りの車で大渋滞。ホテル近くに帰ったのは3時半。丁度満潮に近い時間のはずと、そのままか海に車を走らせた。ようやくシャトルの発射が見れたくらいラッキーだったんだから、ひょっとしたら今夜はカメの赤ちゃんの誕生に立ち会えるかも、と。
・・・残念ながら、まったく赤ちゃんカメの気配はなし。
でも、こんなリボンのついたこんな杭を見つけた!
この前ビーチに行った時、この杭は見落としていたらしいのだが、杭の二つの日付から、7月7日に産まれた卵が8月28日に孵ったってことらしい。となると60日かかっていなくて、50日ほどで孵化しているのことになる。そんなに早く生まれる亀もいるんだ。いずれにせよ、ちゃんと孵っている卵があるってことは、足繁くビーチに通ったら赤ちゃんカメに遭遇することも期待できるかも。
2009年8月28日金曜日
スペースシャトル (6)
発射台に近いところから見物しようとすると、ホテルを9時半くらいには出発しないといけなのだけど、天候にちょっと不安要素がある模様。
仕事を終えて帰るときに雨雲が広がっていて、かなり稲光がしてた。発射台のある場所はそこから更に北に2時間ほどの場所。お天気はだんだん北東にずれて行くからね。それでもあれから発射までは6時間余りあるわけだし、雨雲はそれまでには通り抜けてくれるんじゃないかと期待している。
NASAのサイトでも、西側に良いコンディションが広がっているので期待できるとあった。
一番いやなのは、前回みたいに、2時間車を走らせて発射台近くまで行った挙句、直前にキャンセルになること。ましては今回は真夜中だから、そうなるとキツイ。
NASAから拝借した写真
2009年8月27日木曜日
スペースシャトル (5)
現在の予定では明日の夜11:59。
よかった、金曜の夜なら翌日の仕事のことを気にしないで見に行ける。
何度目の正直か、もう覚えていられないけど、今度こそ、今度こそ・・・。
夜の打ち上げは、特にきれいらしいので、楽しみだな。
でも暗いから、デジカメのシャッタースピードが遅すぎてわたしの腕じゃ写真は撮れないかも・・・。
2009年8月26日水曜日
スペースシャトル (4)
うーん、次の日仕事があるし・・・行きたいけど、あきらめましょうって言われるのかなぁ。
でも、前回も見られなかったし、一生のうち何度チャンスがあると言うのよ・・・。
いっそのこと、もう1日ずれてくれないかなぁ。
ウミガメ (4)
既にこれ以前に一度、夜の満潮の時間帯にビーチに見に行ったのだが、その時に産卵箇所に立てられていた杭が見事になくなっていて驚いた。わずかに残っていた杭の日付を確かめたが、8月に入ってからのものばかり。
前回見た時は、6月半ばから7月半ばの日付の杭が最も多く、これなら次回の出稼ぎ時にはいつ行っても亀の誕生に出くわせるだろうと楽しみにしていたのに。
暗がりでよく見えなかったこともあり、明るいうちに状況を再確認しておきたかった。
ホテルに近いビーチからは、やはり殆どの杭が姿を消していた。私たちが目撃した産卵場所とおぼしき箇所にも杭は見当たらない。残っている杭は日付の浅いものばかり。
孵化が終わった後に杭が抜かれているのならまだ話はわかるのだが、7月に産まれた卵が孵るのは2ヶ月後の9月だから、杭はまだまだあるはずなのに。
このビーチでは、卵が孵ったかどうかの管理は全くされていないのかな。ある程度の日数が経つと書かれた日付も色褪せて見えなくなって、まとめて抜かれてしまうんだろうか。
しかし杭の有無に関わらず、地中に卵がまだあることは確かだから、時期が来れば生まれてくるはず。そう思って先日の夜も地面を見ながら少し歩いて見たのだが、その気配ゼロ。
明るい太陽の下で見ると、ところどころ地面が窪んでいる箇所がある。ひょっとして卵が孵った後に陥没した? そう思って、殻でも出てくるかと掘ってみたけれど、何も出なかった。
うーん、どうなっているんだ? 産まれた卵が100%孵ることもないだろうけれど、ひょっとして孵化する卵は案外少ないとか?
続いて、車を南に走らせてFt. Lauderdaleまで行ってみた。ここは観光地と言うこともあり、産卵箇所も杭だけではなくテープで囲まれて保護されている。元々数は少なかったけれど、今回もテープのある場所はぽつんぽつんと点在していたが、7月の日付のものもあったし、杭は再利用されているようで、5月の半ばの日付が消されて、7月半ばに書き直されている。きちんと管理されている模様。
でも産卵箇所が少なすぎて、ここに来ても見られそうもない。
翌日、工場で「昨日の代休は何をしたのか」と聞かれ、亀の孵化を見たくてビーチに行ったと話したら、「俺も見たことないけど、見たって言う人の話も聞いたことないなぁ」
地元の人でも滅多に見られないってことなの? それとも身近過ぎて興味がないわけ?
果たして、今回の出稼ぎ中に亀の赤ちゃんに遭遇することはあるんでしょうか。ついでにスペースシャトルの打ち上げにも・・・。
ところで、今回こんな立て札を見つけた。産卵中のメスをそっとしておくこと
巣、卵、子ガメを触ってはならない
ビーチを灯りで照らしてはいけない
海ガメは郡・州・連邦法により保護されており、最高で2万ドルの罰金、だそう。
2009年8月25日火曜日
スペースシャトル (3)
本来は昨日のはずだった。それが悪天候で今日の(厳密には明日の)午前1時半に延期。
夜中だから仕事に響くなぁと思いつつも出来たら見に行きたいと思っていたら、嬉しいことに(?)またしても燃料バルブの問題で打ち上げ中止に。
今のところはどうやら木曜日の真夜中(午前12時22分なので厳密には金曜日)に延期されている。
今度こそは見られるかなぁー。
ヴァレリーから聞いた話
フランス人の女性が絶対にしないこと。
それは女性が男性のためにお酒を注ぐこと。日本とは逆で、男性がお酌しても、女性は絶対にしないんだって。
そやけど、注いでくれる男性のいないヴァレリーはいっつも手酌のくせに。
その2
フランスでマクドナルドは何と呼ばれてるか?
英語ではMcDonald's(ダーにアクセントが落ちて、マクダーナルズ)
東京ではマック
大阪ではマクド
そして、な、な、なんとフランスでも「マクド」やって
2009年8月20日木曜日
電話
昨日はシナコから仕事場に2度電話があった。
携帯は切ってあるので、電話がかけられる時にかけ返すと、
「あのー、冷蔵庫の牛乳がちょっと漏れているみたいなんだけど・・・ペーパーナプキン敷いたけど・・・」
「たくさん漏れてるんだったら、ダメだけど、そうじゃなきゃビニール袋にでも入れて・・・」
「もういい。パパが帰ったら聞くから」
「そんなもん、パパに聞かなくたって」
「もういいから、パパに聞くし」
「は? だから、そんなもん・・」
「いいから、いいから、パパに聞く」
17歳にもなって、牛乳が漏れてるくらいで、パパに相談したり、電話して来んな!
「ところで、ジョダは散歩した?」
「してないけど、さっき外に出したときは、ほとんどおしっこしなかったから、誰か散歩したんじゃないの」
誰かが散歩に行ったかどうかわかってないわけ?
次の電話は、「今日、ボイスレッスンなんだけど、レッスン料が足りない。13ドルしかなくて、ママの引き出しにも10ドルしかなくて、キニコもお金持ってないの」
そう言えば家を出るに当たって、お金を置いて来るのを忘れた。仕方がない。「ママの小切手帳が机の上にあるでしょ。小切手を切って、ママのサイン真似して書いておいて」
こんな奥の手を教えてしまって、次は知らない間に何に小切手を切られているのだろう。
夜、家に電話した。コイオが出た。
「ねぇ、今朝ジョダを散歩してくれた?」
「してない」
「じゃあ、キニコが行ったのかな?」
「しらない」
「いずれにせよキニコかシナコのどちらかが散歩に行くように言ってくれる?」
「あいつら二階で降りてこないから、直接電話して」
ってことで、シナコに電話。
「パパは朝は散歩に行かないから、シナコとキニコで話し合って、必ずどちらかが朝ジョダの散歩をするようにしてね」
「わかった。けど、キニコにもママから言って」
「じゃあ、代わってよ」
「ママが直接かけて」
てなわけで、同じ家、しかも狭い家に住む3人にそれぞれ別々に電話して話さねばならぬバラバラ家族が今の我が家の有り様であります。
Sent via BlackBerry
2009年8月15日土曜日
バイバイ
ヴァレリーのお父さんは鬱病で、実は今回ヴァレリーがアメリカに来ている間に入院。これは既に決まっていたことなのだけど。マリアのお父さんが、郊外の家に住むお父さんをパリの病院に入院させるために車で連れて行ってくれた。(ヴァレリーとアルノーは、別れたものの、マリアのために結構仲良くしている。アルノーはやり直す気があるみたいらしいけど、ヴァレリーはその気ゼロなのだそう・・・。)
お母さんのほうは、かなり精神を病んでいたお父さんが入院してほっとしたものの、やはりお父さんがいなくなると寂しい。またお母さんは割りと最近、股関節の再手術をしたばかりなので、歩くのも松葉杖。
だからそもそもの予定は、土曜の朝にパリに着いて、郊外のお母さんを訪問し、日曜日は入院中のお父さんをお見舞いに行く予定だった。ところが1日ずれてしまったので、お母さんの訪問は1週間先に繰越。ヴァレリーも月曜日は仕事だから。
昨夜、お母さんに飛行機を乗り遅れたことを伝えると、ちょっとお母さんはオカンムリで「ちゃんと余裕を持って家を出たの? いいわよね、あなたは楽しいのが1日伸びて・・・」と嫌味を言われてたけれど、今朝はわたしにもとても優しい感謝一杯のメールをくれ、一晩寝て気持ちも落ち着いた模様。ヴァレリーはそれが一番気がかりみたいだったから、良かった。
マリア旋風が吹き荒れた10日間。今はひっそり。ほっとするような、でも空港で何度もぎゅっとハグしてくれた可愛いマリアを思い出すと、寂しいような。でも、やっぱり ほっ>寂しい、かな(笑)。
シナコは宿題提出まであと4日なのに、3冊の本を読んで、それぞれにエッセイを書かねばならず、時間がないと半べそかいている。(iPhoneで遊んでばかりいたくせに知るか。今も覗きに行ったら、パソコンで遊んではりました。)キニコもバイトは残す所あと4日。
我が家の夏も終わりつつあります。
結局
荷物はもうチェックインしてしまったので、手ぶらで帰る事に。帰りはスムーズで1時間で帰ってきた・・・。
家中のビールとワインはもう飲み干されてしまったから、帰ってすぐに「やけ酒」用にビールでも買おうとスーパーに走ったけれど、ビールの売り場にはビニールカバーが。10時半だったのだが、アルコールの販売は夜9時までらしい。コネチカット州は、日曜日もお酒を売ってくれない。お隣のNY州はOKなのに。
しかたないから家にあったウォッカとオレンジジュースでスクリュードライバー。
明日はちゃんと交通情報を見て家を出ることにしよう。
2009年8月14日金曜日
ごめん、ヴァレリー
夜8時にNewark発なので、4時半に家を出発する予定だった。
出る前にJ. Crewのお店に寄りたいと言うので早めに出て、そのあとシナコはスタバに寄りたいだと。ちょっと遅くなって、高速に乗ったのは5時前。
ところが高速に乗ってものの10分で大渋滞に陥った。ほとんど動かず時間だけが過ぎて行く。高速を降りて、迂回もしたけど、渋滞はジョージワシントン橋まで続いた。ナビの到着時間は7時5分を示している。
その後はスムーズに流れてた。・・・なのに最後に高速の出口を間違った! 正確には、料金所のEZ-Passの出口が一番右と一番左にあったのだが、私は左車線にいたし、左側に行ってしまった。ところがそこは高速のexpress側に続く方で、いくつかの出口を飛ばすルート。空港は次の出口だったから、本来は右のLocal側に行かなければならなかった。で、次の出口で降りることができなかった。
結局空港に着いたのは7:12。ヴァレリーたちは乗ることができなかった。次の9:25発にスタンバイすることになったが、もし乗れなかったら、連れて帰らないといけないから、私たちも空港でスタンバイすることに。
まともなレストランもこのターミナルにはないので、スタンドの食べ物買って、固い椅子に座って(このブログを書きながら)待つことに。無事に乗れるかな。
まだ渋滞になる前に、車の中でマリアが「夜の飛行機は嫌だから、もう一晩泊まって、明日の飛行機にしたい」って言ったけど、計らずとも願いが叶うのかしら。
Sent via BlackBerry
2009年8月11日火曜日
再びビーチ
夕べはひどい嵐。皮肉?なことに、ナイアガラの帰り道にこの辺りで最大のアウトレットモールがあり、パスするわけにも行かず、吸い寄せられるように足を踏み入れてしまったら、買い物が済んで出るときにはどしゃぶり。
車を走らせるけど、ものすごい雨と雷。しかも近くに稲光が上から下まで走って、怖くて思わずギャーと声をあげたら、「お前のその声の方がよっぽど怖い、静かにしとれ!」とコイオは怒るし、シナコは「ママ、やめて!」と怒るし、マリアとヴァレリーは笑うし。でも怖いものは仕方がない。両手で口を押さえていたけど、稲光と稲妻がほぼ同時で車まで振動が轟いた時は、口を押さえたまま、また叫んだ。「うぐぁー!」
「オハイオにいたときに車に乗ってたらすごい雷雨になったときがあって、ママはギャーギャー言いながらブレーキまで踏むんだよ」
ブレーキを踏んだのは覚えてないけど、本当に怖くて、30分くらい叫んでいた。その度にキニコとシナコに、うるさい!やめて!と言われながら。
昨日はかなり風も強くて、夜は停電してしまった。どこかの架線が切れたのかな。2時過ぎまで停電。
だから今日の海は少し濁っているし、小枝の流木が多い。
久々に海で泳いだ。海で泳ぐなんて何年ぶりだろう。サウジ時代に、ジェッダに行って紅海で泳いだのが最後のような気がする。モントレーでは海がすぐ側だったけど、私は泳がず仕舞いだったし。
海は塩があるからプールと違って泳ぎやすい。ここは内海だから波もほとんどないし。ヴァレリーたちが来てから、調子に乗って飲み食いしてたらあっという間に2キロも体重が増えてたから、今日頑張って落とします。
海辺にて。
Sent via BlackBerry
2009年8月10日月曜日
パブリックビーチ
ところがアメリカの場合は公有地だったり私有地だったりするので、どこにでも自由に入れないし、私有のビーチの前には建物(しかも大抵でっかい邸宅かコンドやホテル)が立ちはだかっている。だからフロリダでも、海岸線を車で走っても、日本みたいに海を見ながらって訳にはほとんど行かなかった。
2007年6月の「コネチカット通信その2」にも書いたが、グリニッチにはパブリックビーチがある。当時苦労して手に入れた「市民の特権」パスも毎年高い料金を払って更新しているものの、ひとが遊びに来たときに車で案内するくらいで、ほぼ有効活用していない。唯一、シナコがクロスカントリーの練習で放課後ビーチを走ったあと、お迎えに参上するときにパスを見せて入場する程度。
それが今年は既に2度もビーチに行った。しかも泳ぐために行ったのは初めて。船で渡って行く小さいビーチの方がヴァレリーたちのお気に入りなので、帰るまでにまた行こう。私もカナダで水着を買ったし、一緒に泳ぐかな。
Sent via BlackBerry
ナイアガラ2
私にとって5度目のナイアガラ、4度目のMaid of the Mist号だったけど、やっぱりこれは毎回楽しい。マリアもずぶ濡れになりながらも大喜びだった。
初夏、真夏、秋のナイアガラは見たけれど、真冬のナイアガラは未体験。トロントへの通り道だから、真冬のナイアガラも見る機会に恵まれるかも。
Maid od the Mistまではお天気が持ったが、帰りは雷雨。でも船でもらったビニール雨合羽が役立った。
ホテルに戻って、子供たちとヴァレリーはプールへ、私とコイオは部屋で休憩。そのあとみんなでNiagara-on-the-Lakeへ。滝から車で30分ほどの小さな村で、かわいいお土産屋さんやがたくさんある。
去年、両親とアメリカのお母さんと一緒に来たときに、ホテルで一緒になった日本人のツアーガイドにおいしいと教えられて買いに行ったGrevesのジャムがお目当て。そのときは半信半疑だったので、ちょっとしか買わなかったが、家で食べたら本当に美味しかった。ペクチンを使ってないジャムなので、ゆるいから薄く塗れるし、種類も普通にはない私の好きなルバーブとイチゴのミックスがあるし。丁度コイオが母親のお見舞いに今月末に1週間程帰るから、お土産にちょうどいいと思ったし。
私の記憶が正しければ、ジャムのためにペクチンを使うことを考案して成功したのが、アンネフランクの父オットーだった、と本で読んだけど・・また、あとで調べましょ。
今日は快晴。帰りの道中車の中でこのブログを書いてるのだけど、窓からの日差しが暑い!
Sent via BlackBerry
2009年8月8日土曜日
2009年8月6日木曜日
お子ちゃまマンハッタンコース
10時半の電車でマンハッタンへ。まずはグッゲンハイム美術館。ヴァレリーがグッゲンハイムのちょっと風変わりな建築物と近代アートをマリアに見せたかったらしい。パリを出る前から話していたようでマリアもグッゲンハイムに行きたいと思っていたみたい。
たまたま目的地が全て5番街沿いだったので、「じゃあセントラルパークの動物園もすぐだし、行こうか?」と提案したら、「動物園は行きたくない」とマリア。動物が閉じ込められている動物園は好きじゃないらしい。
グッゲンハイムは残念なことに、今は特別展示物になっていてモダンアートは殆どなく、フランク・ロイド・ライトの建造物の模型や透視図ばかりだった。予想通り、ちょっと見たら飽きてしまったけれど、それでも最上階まで歩いて約1時間を過ごした。美術館内のみやげ物屋でグッゲンハイムの建物のイラストの付いたバックパックとグッゲンハイムの建物を作るLegoセットを買ってもらった。
マリアが行きの電車の中で、「パンケーキ」が食べたいと言うので、一緒にランチを食べる予定のチカエとマビオに、近くでパンケーキのおいしい店を探してとお願い。そしてLe Parker Meridienホテル内にあるNorma'sと言うレストランに決まった。このお店は変わった店で、夜は営業してなくて、朝食、ブランチ、ランチメニューしかない。
マリアが持ってきたアメリカのことを紹介する本の中で「パンケーキ」に関すること見つけて、是非食べてみたいと思ったらしい。そっか、フランスにはクレープやワッフルはあっても、パンケーキはないのか、と再認識。
残念ながらパンケーキは一口二口食べて「好きじゃない」ってことになり、わたしとヴァレリーのデザートに相成りました。マリアはヴァレリーが頼んだサラダを食べていた。
マビオが、マンハッタンで子供が好きな所といえば、Dylan's Candy Barだよ。それにSerendipity3もいいかもと提案。で・・・目的地が追加に。
次に目指すは5番街と55丁目の角にあるディズニーストア。「ディズニーストアだったらパリにもあるでしょ」と言ったけど、本家本元のアメリカのディズニーストアに行きたいとのこと。
そもそもヴァレリーは昔からディズニー大嫌いと言ってはばからず、ユーロディズニーにさえ未だマリアを連れて行ったこともないくせに、今はマリアが「High School Musical」と「Hannah Montana」にご執心で、このグッズを探して、いざディズニーへ。バッグやヘアブラシ、その他いろいろ買ってもらって、マリアはご機嫌。
予定していた目的地の最後は5番街と49丁目の角にあるAmerican Girls Place。キニコとシナコにサンタからAmerican Girlsの人形が届けられたのは1998年のクリスマス。当時お友達の間で人気だったから、ネットで購入して、年末に日本に帰省するスーツケースに2体を潜ませて帰った。めちゃくちゃ場所を取った。キニコの人形はJosephinaで、シナコのはKirstin。
シナコとキニコの人形を見て、すっかり気に入ってしまっていたので、「アメリカン・ガールズ」だしアメリカのお土産には最適と思い、マリアにプレゼントすることを約束していた。
American Girls Placeに入ってマリアは興奮してしまった。ヴァレリーもかなり喜んだ。ここには自分とソックリに作ってくれる人形や赤ちゃんの人形があるけど、目玉はそれぞれ違った時代的・民族的歴史背景を持つ人形のシリーズ。これがキニコやシナコが持っているもの。マリアはこのシリーズの中からKitと言う人形を選んだ。このコーナーに足を踏み入れて、真っ先にKitが気に入り、わたしとヴァレリーがKitがちょっとブスだと思って、他のを勧めてみたのだが、がんとしてKitがいいとのこと。そこで人形と着せ替え用のお洋服1着をプレゼント。ヴァレリーにも洋服とKitのペットの犬のグレースを買ってもらって大喜び。
ところでマリアはとてもはっきりしている。何が好きで何か気に入らないか。あまり迷ったりしないし、あれもこれも欲しいとは言わない。わがままも言うし、泣いたり怒ったりするけど、長時間ぐずるということはない。上手に育てているのか、そもそもの遺伝子の違いか・・・。
このお店には、他にも人形用のヘアサロンや病院、人形と一緒に入れるティールームがある。以前はお店が全米でシカゴにしかなく、オハイオ時代の冬休みにシナコは人形を連れて行った。シナコがKirstinの髪の毛をぐちゃぐちゃにしてしまっていたので、ヘアサロンで髪をきれいに結いなおしてもらうため。確か、髪を結いなおすか、首から上をすげ替えるかで料金が10ドルくらいしか違わなくて、私は首から上を新品にしたほうが得だと思ったけど、シナコは「かわいそう」と言うので、ヘアサロンを選んだ。昨日もシナコみたいにぐちゃぐちゃの髪になった人形を連れた子がヘアサロンを訪れていた。
その後ティールームで人形と共にアフタヌーンティーを楽しんだ。自分のJosephinaを持ってこなかったキニコには人形を貸してもらった。
次回マンハッタンに行くときは、是非ティールームにマリアを連れて行きたいとヴァレリー。たしかにここは女の子にとって夢のような場所だと思う。
最後に予定外のDylan's Candy Barへ。子供たちには当然知られた場所らしく、シナコもキニコも行ったことがあったけれど、私は存在も知らなかった。ラルフローレンの娘の店で、どこもかしこもキャンディー。めえちゃくちゃ可愛くて、とても楽しい。
普通の観光には飽きてしまったお子様連れには、お勧めのマンハッタンツアーでした。(マリアは未だエンパイアステートビルや自由の女神すら見てません・・・。)
2009年8月4日火曜日
ヴァレリーとマリア
空港にまで迎えに行った。
車に乗ると、ヴァレリーはシナコとフランス語で話している。
「え、シナコとフランス語で話してるの?」
「そうよ」
「すごいやん」
「上手よ」
日本語で話すとマリアがわからなくて機嫌が悪くなるので、なるべくフランス語と言うことだ。
シナコは、そんなにペラペラじゃないけど、わたしよりは文法はしっかりしてる。語彙は少ないけど。
そしてシナコのみならず、その後はわたしも下手くそなフランス語で話すことを強いられている。でも我ながら結構覚えてるじゃない。かなりめちゃくちゃなフランス語なので、時々マリアに訂正されている。
「シナコはワインも飲んだよ」
「うっそー!」
シナコはクソ真面目で、お酒に対する興味もゼロ。これまでもオトソすら飲むことを拒否。私がちょっとビールを飲むくらいで、人をアル中呼ばわりするほど。だからキニコも「シナコは絶対にワイン飲んでないに違いない」と言っていたのに、びっくり。白ワインをグラスに1-2杯、何回か飲ませてもらったらしい。
フランスの法律で、飲酒は16歳からだったが、この4月に法改正があり18歳以上になったらしい。でもこれは外での飲酒やお酒を買う場合。家庭でなら構わない。
一方、タバコの方は喫煙年齢の法律もない。ヴァレリーは結構ヘビースモーカーなので、アメリカでは非常に苦労している。
法律の話をフランス語していたら、
「お酒の法律はあるけど、タバコとセックスには法律がないの」
とヴァレリーが言ったように思って、大笑いしたら、実は、ヴァレリーが言ったのは、
「お酒は飲んだけど、タバコは吸わなかったし、セックスもしなかったよ(シナコは)」でした。
到着後、グリニッチアーべニューにあるクレープ屋さんへ。何でフランスから来て、わざわざクレープ屋へと思うのだが、シナコがフランスにいた時にマリアにその店の話をしていて、行きたいってことになったのだ。2人は好物の「Nutellaとバナナ」のクレープを注文。大人はお腹が空いていたので軽い昼食。
その後近所のワイン屋さんとスーパーへ。ヴァレリーが来たので、私も公明正大に飲めるってわけ。
昨夜は2本半ワインを空けて、かなり酔っ払った。ヴァレリーなんか今朝全部覚えてないって言うんだから・・・。私は二日酔い。
しかし二日酔いの身体に鞭打って今朝はビーチへ。勿論わたしは泳ぐ気はなし。シナコと日陰で見ていた。
それにしてもヴァレリーの子育てには驚くことや奇天烈なことがたくさん。
まずはとてもとても忍耐強いってこと。全く怒らない。気が長い。偉いなーと思うよ。わたしは直ぐにしかってたからなぁ。
それとこれはフランス風か? マリアが寝るときに哺乳瓶にチョコレートミルクを入れて飲んで寝ている・・・。虫歯になるじゃない?と思うのだけど、「まだなってないよ」。また歯磨きも1週間に一度なんだって。「歯磨きすると余計に歯のいいところもなくなるんだよ」うーん、わからないなー。
お風呂もシャワーも全然入らないよ。これは流石にフランス人って感じ。そう言ったら、「毎日入るのは贅沢じゃないの? それにフランスはお風呂に入る習慣がなかったから」
「そうなの? 日本だって、そんな昔から毎日入ってたわけじゃないよ」
「でも、風呂の文化があったでしょ。フランスは入ってなかったから」
「え、じゃどうしてたの? 身体を拭くだけ?」
「そう」
だから香水が発達したのね。
2009年8月3日月曜日
無事帰宅
ってことで、前向き思考の結果、昨日は珍しくオンタイムの出発で、晴れて家に帰ることができた。
ラガーディアが近づいたときに機長のアナウンス。
「現在数機が着陸を待っています。もう少し近づいてからの状況によりますが、しばらく旋回する可能性もあります。状況に寄っては近くの空港に降りることもあるかもしれませんが、燃料は十分にありますし、XX空港もXX空港もクリアです。順調に行けば、当機のラガーディア着陸予定は1時。遅くとも1時15分」
はっ? そもそもの着陸予定は9時53分だよ。1時まで旋回するの????
5分ほどして、再び機長の声。
「さきほどは失礼しました。つい通常使用しているグリニッチ標準時間で言ってしまいました・・・当機の着陸予定は10時です」
と言うことで、ほぼ予定通りに到着。ブログのネタ的には旋回しまくって、近隣の別の空港にでも降りてくれたら良かった・・・と言えるほどわたしも元気ではありませんでした。
=====
家に帰って。
真っ先にわたしを迎え入れてくれたのは言うまでもなくジョダ。
コイオはジムに出かけて留守。
キニコはソファーに寝そべったまま「お帰り。」しばらくして「お土産は?」
家の中を見渡すと、観葉植物が見るも無残にしなだれている。水分を貯蔵して丸々とした葉っぱであるはずのやつ(名前知らない)も、葉っぱが痩せ痩せになっている。
「ねぇ、これ見て気がつかないわけ?」
「え? あ、そこにあったの知らなかった・・・」
嘘でしょ。目の前にあるじゃない。
慌てて外のポーチに。
プランターに植えていたペチュニアは、半分枯れて伸び伸びになり花が殆ど付いてない・・・。
=====
さて、今日はシナコのご帰還+ヴァレリー&マリアの来訪日。
帰宅予定が遅れて、掃除が間に合うか気になっていたのだが、土曜日にコイオが家中に掃除機をかけてくれた。感謝感激。お陰で家の中はまあまあ片付いていた。
台所やバスルームはやっぱり汚くて、そのあたりを集中的に掃除。
ジョダもしばらく洗ってなかったので、ジョダも洗濯。
ま、残りは明日やればいいわ、と、あまり熱心に片付けないでさぼってたら、
「おい、あいつらの到着は昼間でっせ」
「え? 夜じゃなかったの?」
「カレンダーに書いてあるの見てみ」
が、がーん。到着は12時半。ニューアーク到着なので2時間ほど前に家を出なくちゃならない。
まぁいい。とりあえずヴァレリー&マリアはシナコの部屋に寝てもらうことにして、シナコの部屋を片付けた。シナコの部屋は引越して以来、1年ぶりに床のカーペットが露になっています。(いつもは物、物、物に埋め尽くされている)
=====
惨めな植物の様子と、見違えてシナコの部屋の写真を公開しようと思ったのだが、カメラのケーブルをホテルに忘れてきたのに気がついた。ショック。
2009年8月1日土曜日
最低
今夜はもう遅いから手短に(書けたら)書くけど。
金曜日、フロリダでの仕事の最終日。空港に向かう途中でブラックベリーでフライトの運行状況をチェック。
すると、キャンセル!だって。んな、アホな。通常は、メールとかで連絡があるはず。ユナイテッドの時は電話もかかってきていたのに、連絡なしにキャンセルだと?
空港に着くと、ニューヨーク行きのみならず、幾つかの飛行機がキャンセルになっている。どうやら北東部の天候が悪いらしい。チケットの変更のために、6人ほどが並んでいる。わたしも列の最後尾についた。並んでいる間に、どんどん後ろに列は伸びていくけれど、ちっとも前進しない。
そこでデルタ航空に電話した。かなり待って係員と話すことができた。
「今日のフライトがキャンセルになったんですけど」
「予約番号をお知らせください」
「XXXXです」
「お待ちください」
「確かにキャンセルですね」
「で? 振り替えは?」
「お待ちください」
「で、いかがいたしましょう」
「だから、直行便が無理でも、経由便でもいいですから調べてください」
「はい、お待ちください」
「「直行便も経由便もラガーディアはもうないです」
「じゃあ、ラガーディアでなくても、ホワイトプレーンズでも、他のニューヨークの近郊でも何でもいいですから調べてください」
「はい、おまちください」
「ホワイトプレーズンも今日はありません。近郊も全てないです」
「じゃあ、明日は?」
「おまちください」
「明日なら、アトランタ経由のホワイトプレーンズ行きがあります」
「何時ですか?」
「朝5時55分発の・・・」
「明日だったら、直行便とかないのですか?」
「お待ちください・・」
とにかくこの調子。しかもお待ちくださいの後に5分は待たされるのだから。めっちゃくちゃ手際の悪い人だったのか、それともお客を2人同時にさばいているのかと疑いたくなるくらい。
結局、翌朝5時55分発、アトランタ経由のホワイトプレーンズに振り替えて、再びホテルに戻った。
=====
翌朝、4時に起きて、4時半にホテルを出てタクシーで空港へ。チェックインしようとしたら、わたしが乗るはずのアトランタ行きはまたしてもキャンセル! ニューヨーク行きも同じく。昨夜の天候の乱れで機体が来てなかったのか。
再び列に並ぶ。今度は既に20組くらいが並んでいる。並ぶなり、デルタに電話をかけた。今日の振り替え便は昨日の時点で全てなくなっている。もう、どんな所を経由しても良いから取ってくれという感じ。
ところが散々調べてもらった挙句に、唯一見つかったのが午後5時発のシンシナチ経由ラガーディア行き。ラガーディア到着は真夜中近い。今から12時間空港で過ごして、真夜中に家に帰るなんて、幾らなんでも酷過ぎる。さっさと諦めて、翌日朝の7時のラガーディア直行便に変えてもらった。
「カウンターで発券してもらってください」と言われた。昨日も発券が必要だったが、昨日は40分電話しているうちに丁度私は列の先頭に来ていたので、すぐに発券してもらうことが出来た。でも今日はまだ3組くらいしか進んでなくて、まだまだ自分の番は来ない。
そこで、ファーストクラスの列に並ぶ事にした。発券だけだから、そんなに時間はかからないし。ファーストクラスは3組しか並んでなかったからね。
それでも15分は待って、ようやく自分の番。
「本当は昨日帰るはずだったんですよね・・・」と一言つぶやいてみた。
「あぁ、本当ですね」
そして印刷されたチケットを見てみると、座席が5A。
やった。情けを買ってファーストクラスにしてくれたみたい。言って見るもんだ。
ここで終わっていたらまだ良かった。
=====
再びタクシーでホテルに戻る。
昨夜は満室だったので、私は2ベッドルームのスイートに泊めて貰った。なんたって、かれこれ2ヶ月以上も泊まっているお得意さんだもんね。ま、3つもベッドがあっても仕方ないんだけど。
まだ部屋の掃除もしてないだろうから、同じ部屋でいいよとそのまま戻してもらった。
わたしが帰宅できなかったことを知って、まだ残っていらっしゃったクライアントの方が、「じゃあ、一緒に出かけませんか」と誘ってくださった。家には帰れなかったけれど、もう1日フロリダを楽しむかと、二つ返事で「行きます!」
部屋を出ようとしたときに、フロントから電話があり「申し訳ないけど、1ベッドの部屋に替わってほしい」とのこと。人を待たせたくなかったので、「じゃ、荷物はまとめておくから、勝手に移しておいてください」とお願いした。
そして、夜ホテルに戻って、新しい部屋に入ってみると、荷物がない!
クローゼットやベッドの下まで探したけど荷物はない。コンピュータも書類鞄もない。ブラックベリーの電池が切れそうなのに、チャージャーも鞄の中だ。
フロントに電話した。
直ぐに探しますと言ったのに、待てど暮らせど荷物も届かないし連絡もない。しびれを切らして再びフロントに電話。
「今から、帰宅しているハウスキーピングに電話して聞くところです、もう少しお待ちを・・・」
待つこと30分。空室になっている別の部屋にあるに違いないと思って、再びフロントに電話。
「今夜は空室はないんです」との答え。
結局、1時間後に向かえの部屋から荷物が見つかった。前の部屋のドアを開ける音がしたので、もしやと思って覗いてみたら、トランシーバーを持ったスタッフが中に入って行った。後に続いてドアを開けて見ると、テーブルの上にわたしのパソコンバッグが! 荷物も中にある。そしてクローゼットにはハンガーにかけた私の服が1着。
でも、クローゼットには他のお客さんの洋服が一杯掛かってるんだよ。荷物もあるし。ここは誰かが泊まっている部屋なのだ。
どうやらこのお客さんは、朝から出かけていて、まだ帰っていなかったらしい。だからわたしの荷物にも気付かなかったようなのだが、わたしの荷物を入れた人は一体どんな感覚をしてるのか?
どうでもいいけど、この事件で私はシャワーも浴びれない、パソコンも出来ない、電話も出来ない・・・1時間も無駄に過ごしたのでありました
=====
一体わたしの日頃の行いのどこが悪いのでしょう。
さて、明日の飛行機は無事に飛ぶのでしょうか・・・。